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第三十二話 光の果てに

 光哉はソファに腰を沈め、膝に置いた紫苑の手に指を絡めたまま、遠くを見つめる。紫苑の指先は、彼の手のひらで微かに震え、淡い温もりを伝える。

 光哉は目を閉じる。香るような記憶の残り香――麗香のやさしい手の感触、沙羅の危うく妖艶な微笑み、紅音の燃えるような唇の記憶、深雪の冷たくも熱を秘めた瞳、結花の短く激しい愛の熱――ひとつひとつが、彼の心に波紋を描く。光哉の人生を彩った女性たちは、それぞれが彼の孤独と愛の深みを形作っていた。


「僕は…ずっと、旅をしてきた」


 低くつぶやいた声に、紫苑は微かに微笑んだ。

 

 幼少期の麗香は、初めての愛の目覚めと官能の萌芽を与えた。

 禁断の関係をもたらした沙羅は、母の影と罪深い快楽の象徴であった。

 情熱の刹那を光哉に教えた紅音は、失われる愛の美を刻んだ。

 理性と成熟を示した深雪は、守るべき愛を意識させる鏡であった。

 燃え上がる短い情熱を与えた結花は、官能の極地を象徴した。

 そして、紫苑――光哉の孤独を癒し、母の面影と愛の理想を重ね合わせる存在がいた。


 桜の花びらが、春の夜風に舞い、窓の外で淡い光と影を作る。光哉の瞳には、幼い日の母の笑顔がよみがえるが、麗しくも哀しいその面影は、紫苑のしなやかな肩や頬に重なり、彼の胸にあった孤独をそっと溶かしてゆく。

 光哉は深く息をつき、紫苑の手を握り直した。身体の距離が近く、熱と香りが交錯し、静かな夜の空間に艶やかな気配が漂う。

 ふたりの肌は触れ合い、五感で愛の記憶と現在が交差する。東京の夜景、桜の香り、そして彼女の柔らかな体温――すべてが光哉の人生の軌跡をなぞる道標のようだった。


「紫苑…俺のすべては、君とここにある」


 光哉の声は震え、情念と深い官能が混じった音色となる。紫苑はその言葉に、かすかに胸を高鳴らせ、指先を彼の手に絡めたまま、目を閉じる。

 夜の闇と桜吹雪の中で、光哉はこれまでのすべての愛を振り返る。官能と情念、歓喜と喪失、光と影――そのひとつひとつが、彼を今日まで形作った。官能的な愛の記憶の残滓は、今や紫苑とともに静かに溶け合い、新たな光の中で再生される。


「これからも、君とともに歩む」


 低く、しかし確かな誓いが夜に溶ける。紫苑は微笑み、肩を預け、全身で光哉の温もりを受け止めた。

 光哉の瞳の奥に、幼少期の孤独も、麗香の初恋の香りも、沙羅との危うさも、紅音の情熱も、深雪の理性も、結花の短い熱も、――すべてがひとつに溶け、静かに輝く。

 光哉は微かに唇を紫苑の髪に触れ、ふたりの間にある官能と愛を確かめる。身体の熱、香り、指先の感触――すべてが、人生の総括であり、愛の果てであり、再生の光だった。

 世界は、美しく、そして官能に満ちている。光哉は静かに目を閉じ、紫苑の胸に顔を埋め、永遠のように長い夜をふたりで抱きしめた。彼の人生の光と影、すべてはここに収束したのだった。


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