第二十五話 深雪の日記
深雪は薄明かりの書斎に腰を下ろした。
机の上には、開かれたノートと、香り立つ深煎りのコーヒー。
窓の外、都会のビル群が淡いオレンジに染まり、ガラスの表面に街の光がきらめいている。
彼女の指先はノートのページに触れ、静かに文字を綴る。
ペン先が紙に触れるたび、かすかな摩擦音が部屋に響き、静寂の中で胸の奥に官能的な波を立たせた。
文字を通して、光哉の手や吐息、夜の香り、そして彼と過ごした密やかな時間が甦る。
「愛とは相手が起こす私への変化を赦すこと——」
深雪はその言葉を何度も自分の口の中で転がしながら、ペンを進める。
光哉の熱い視線、指先の震え、唇に触れた瞬間の微かな温度。
記憶の中の夜は、肌の感覚を通して現実に戻ってくるようで、思わず肩をすくめた。
窓の外の冷たい風がカーテンを揺らす。
その音が、彼女の耳に光哉の低く甘い声と重なるように響いた。
息遣い、衣擦れの音、夜の静寂に溶け込む笑い——
すべてが過去の情熱をそのまま反映するかのように、深雪の身体に微細な震えを残す。
彼女はページをめくりながら、ふと、光哉が差し出したワインのグラスを思い出す。
夜の闇に包まれた部屋で、柔らかな光が二人の肌を照らし、温もりが静かに広がる。
指先が触れ合った瞬間、空気に濃密な熱が漂い、息が交錯する。
あの瞬間の密やかさは、決して言葉では表せない熱を孕んでいた。
深雪はペンを止め、息を深く吸い込む。
目の前のページには、光哉への想いと、自分自身の赦しの痕跡が墨で刻まれていた。
文字をなぞる指先に、かつて交わした夜の余韻が微かに触れるように感じられ、胸が疼く。
彼女は立ち上がり、窓辺に近づいた。
東京の夜景が広がり、ネオンの光がビルのガラスに反射して、星々のように瞬く。
その光の中で、深雪は一瞬、光哉の顔を思い浮かべる。
唇の曲線、眉間の柔らかな皺、微かに香る彼の香水の余韻——
そのすべてが、世界の美しさと官能的な余韻として重なり合う。
再びノートに向き直し、最後の一行を書き加える。
「私は、すべてを赦す——あなたが私を変えたことを、そして私自身を」
文字が乾く前に、深雪はページをそっと閉じた。
外の風が頬を撫で、部屋の静寂が深雪の五感を満たす。
光哉との夜、過去の情熱、そして赦し——
すべてがこの世界に刻まれ、永遠に揺らぎながら、美しく響いていることを、彼女は確かに感じた。
深雪は立ち上がり、コーヒーを一口飲む。
液体の温かさが舌先から喉に流れ、体内の余韻と混ざり合う。
そして、深雪は静かに息をつき、窓の外の都市に目をやる。
都会の喧騒の中でさえ、愛の光と影は揺らめき、世界は依然として美しく、官能的に、そして讃えるべき存在として在り続けていた。




