第二十四話 紅音の残響
夜の東京は、光と影が錯綜する宝石箱のようだった。
紅音の妹・咲は薄暗いスタジオに入り、デスクに並ぶ古い音源を前にして手を止めた。
咲は姉の痕跡を拾いにきたのだった。
そのテープのラベルには、「紅音 光哉」とだけ書かれている。
彼女の指先は震え、空気の温度が微かに変わった気がした。
スタジオの静寂を切り裂くように、テープが回転を始める。
最初の旋律が耳に届くと、咲の背筋に小さな波が走った。
光哉と紅音の愛と身体の熱が歌声とともに蘇る。
深く、湿った息遣い。指先で鍵盤を撫でる瞬間の震え。
音の合間に挟まれる紅音の囁きが、夜の空気を震わせた。
咲は椅子の背にもたれ、耳に手を添える。
胸の奥が、小さな疼く。
紅音が光哉と過ごした夜の記憶を、歌とも記録とも言える音がそのまま伝えてくるのだ。
息遣いの熱、肌が触れ合う微かな感触、そして夜の残り香——
それらすべてが音の波間に溶け、咲の身体に直接触れるようだった。
旋律の合間に、紅音の低く甘い声が混じる。
「……光哉……」
耳に届くたび、咲の心は小さく揺れ、同時に身体の奥に官能的な振動が走る。
ただの記録音源のはずなのに、そこには二人が交わした熱の残り香が残っていた。
息遣い、吐息、指先の震え——音に刻まれたすべての細部が、今ここに甦る。
咲はそっと目を閉じ、息を整えた。
身体に残る熱は、官能の余韻でありながらも、痛みと哀しみを含んでいる。
光哉と紅音が交わした瞬間の時間の密度が、音楽を通して咲に伝わる。
それは過去の情熱の証であり、彼女自身の胸を震わせる不可視の力でもあった。
スタジオの窓から、冬の冷気が静かに降りてくる。
咲の頬を撫でる空気は冷たいが、耳に届く歌声の余韻は、身体の奥の熱を引き伸ばした。
官能と情念の余波が、彼女の指先、首筋、背中に微かに触れる。
音の波は、かつて紅音が光哉に触れたように、咲の五感をそっと撫でた。
咲は立ち上がり、テープを止める。
静寂の中で、耳に残る紅音の吐息と旋律が、まるでまだ光哉と紅音が同じ部屋にいるかのように空気を満たす。
その官能的な残響を抱きながらも、咲は小さく息を吐き、自分の肩を抱きしめた。
記録の中に潜む愛の光と影——それを受け止め、自分の中で咀嚼する時間。
夜が更ける。咲は音源を丁寧に箱に戻し、窓の外に目をやる。
ネオンの光がビルのガラスに反射して、星空のように瞬いている。
紅音と光哉の愛の残響は、今も世界のどこかで輝き続けているようだった。
その輝きを、咲は自分の胸にそっと抱き込む。
官能と情念、愛と痛み——すべてを、音楽とともに味わい、讃える夜。
スタジオの扉を閉め、咲は街へと歩き出した。
耳に残る旋律が、足音とともに街の空気に溶け、冷たい夜風が頬をなでる。
官能的な余韻を胸に抱え、咲は光哉と紅音が交わした瞬間の記憶を、自分自身の感覚として受け止める。
街の光と影の中で、音楽は過去と現在をつなぎ、世界の美しさを讃えていた。
夜空の下、咲の瞳は微かに潤んでいる。
音楽を通して伝わる愛の余韻が、彼女を震わせ、身体に温もりと疼きを残す。
そして、その全てが、光哉と紅音が生きた痕跡として、この世界に刻まれていることを、咲は確かに感じた。




