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第二十話 冬のおわりに

 窓の外、冬の東京は淡い光に包まれていた。

街路樹の枝には霜が薄く降り、朝の空気が鋭く肌を刺す。

 光哉はソファに腰を下ろし、深雪の残した足跡を思い返す。

 深雪のコートの匂い——シダーとローズが混ざる微かな香り——がまだ室内に漂っていた。


 前夜、二人は長い時間を過ごした。

 手を絡め、指先の温度を確かめ合い、言葉を重ねずに互いの距離を測った。

 ソファに並んで座り、時折視線が交差するたびに胸の奥が疼いた。

 官能というよりも、密やかな親密さの波が、肌の感覚を通して伝わる。

 深雪の吐息の温度、微かに震える指先、呼吸の間隔——すべてが、過去の恋人たちの残像を淡く溶かしていった。

 深雪は光哉に向き直り、指先をそっと彼の手に重ねた。

「光哉さん……」

 低く柔らかい声が、冬の光に溶けて零れる。

 光哉は彼女の手の温もりを感じ、僅かに息を呑む。

 言葉にならない感情が、指先を通して胸の奥に流れ込む。

「深雪……」

 光哉の声は低く、胸の奥で微かに震えた。

 彼女の瞳に映る自分の姿が、過去の孤独と過ち、そして守りたいという新しい感情を映し出す。

「君がここにいる間、俺は…ずっと、誰かを守りたいって初めて思えた。」

 深雪は一瞬視線を逸らし、微かに肩をすくめた。

 その仕草だけで、彼女の心の迷いや覚悟が伝わる。

 光哉は無言で頷き、そっと彼女の髪に指を絡める。

 冬の冷気の中で漂うその香りは、艶やかで妖艶な余韻を残した。

 彼女の髪に触れるだけで、胸の奥が微かに疼き、過去の恋人たちの残像が一瞬だけ揺れた。


 朝。深雪は着替え、コートの裾を整える。窓際に立つ彼女の姿は、冬の光に溶けて透明感を帯びる。

 光哉は言葉を探すが、胸に渦巻く感情が先に動き、ただ深雪の背中を抱く。

 深雪は小さく息を吐き、視線を遠くの街に向けた。

「これからは、あなたの光の中ではなく、私自身の道を歩くわ」とだけ告げる。

 その声は冷たさではなく、冬の光に照らされた強さと温もりを帯びていた。

 光哉は頷き、胸の奥で感じる“守りたい”という光の意志を確かめる。

 二人の身体に残る夜の香りが二人の旅立ちを彩った。

 深雪が振り返り、窓の外の朝焼けに目を向ける。

 光哉はその横顔を見つめ、胸の奥で微かに疼く感覚を抱きしめる。

 彼女の唇がわずかに震え、冬の空気に溶けて消えていく——

 その瞬間、二人の心の間に交わった時間の熱が、静かに、しかし確かに残った。

 深雪が扉を開き、冬の街へ踏み出す。

 コートの裾が床を擦る音、靴底が廊下を鳴らすリズム。

 光哉はただ残された香りと空間に身を委ねた。

 冬の終わりの光が、室内を淡く照らし、過去の孤独と過ち、そして深雪が残した言葉が心に染み渡る。

 光哉はゆっくりと立ち上がり、窓の外の街を見下ろす。

 白い霜と朝の光が混ざり合い、都市は淡く艶やかに輝いている。

 胸の奥の疼きと温もりを抱え、彼は深雪の言葉を反芻する——

“私自身の道を歩く”

 その言葉が、光哉の心に灯をともした。

 過去の恋人たちの影が消えるわけではない。だが、その重なりの中で、初めて光哉自身の心に光が差し込む。

 深雪の残像を胸に抱き、光哉はそっと窓を開けた。

 冬の空気が冷たく肌を撫でる。

 その冷たさの中で、官能的な余韻が温かさに変わり、都市の光景と共に彼の心に刻まれた。

夜明けの空が薄紅に染まる頃、光哉は微かに笑みを浮かべる。

「俺は……守るべき心の光を見つけたのかもしれない」

 外の世界はまだ冬の寒さを抱いている。深雪が去ったその空間に、確かに残ったのは、愛の余韻と、冬の終わりに差し込む光——

 未来を照らす静かな希望だった。

 窓の外の澄んだ空気が、街をゆっくりと洗い流していく。

 その音は、まるで彼と深雪の記憶を静かに浄化するようだった。

 光哉の瞳に、夜明けの光が滲む。

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