表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/32

第十九話 陰謀と別れの気配

 夜の東京は、光の海に沈んでいた。

 その中心に、光哉の名を冠した高層ビル――光栄グループ本社がそびえていた。

 最上階のオフィス。

 ガラス越しに広がる夜景を背に、光哉は沈黙の中でグラスを傾けていた。

 琥珀色の液体が揺れ、照明がその表面に金の軌跡を描く。

 ドアが静かに開く音。

 振り向くと、深雪が立っていた。黒のコートの下、シルクのブラウスが淡く光を返す。

 その手には、分厚いファイルが抱えられていた。

「光哉さん……これを見てください」

 彼女が差し出したのは、国立美術館新館建設に関する資料だった。

 発注ルートの変更、特定業者への異常な金の流れ、納入予定表の改竄――

 そこには、明らかに意図された不正の痕跡があった。

「どうして、これを……」

「偶然、データの照合をしていて気づいたんです。でも、社内で話せる相手がいなくて……」

 深雪の声は震えていた。

 光哉は、ファイルを受け取りながら、その手の微かな冷たさに気づいた。

 彼女は恐れている――不正そのものよりも、この情報を抱えた自分の立場を。

「もっと見せてくれ」

 そう言って、彼は資料を机に置いた。

 その瞬間、ガラス越しの夜景が二人の影を重ねる。

 深雪の肩に、そっと光哉の手が触れた。

 一瞬、息が詰まる。

 深雪との夜の残像がよみがえり、胸の奥に微かな熱を灯す。

 けれど今、その熱は愛ではなく、闘いの予感に似ていた。

 数日後。

 社内の空気が妙にざわついていることに、光哉は気づいていた。

 深雪の動きを、誰かが嗅ぎつけたのだ。

 彼女が集めた資料が消え、コピーもログも跡形なく削除されていた。

 そして――その夜。

「社長と秘書の密会」

 翌朝、各紙の一面に、そう見出しが踊った。

 ホテルの窓辺で抱き合うように映る写真。

 まるで恋愛スキャンダルのように煽られた記事。

 内容の真偽よりも、光哉という名前が“ネタ”になることが優先された。

 経済誌は「企業の倫理」、ワイドショーは「禁断の関係」と騒ぎ立て、SNSは炎上。

 株価は急落し、取引先は距離を置いた。

 光栄グループの理事会は緊急招集され、光哉は表向き“個人的な不始末”として謝罪を余儀なくされた。

「世間をお騒がせし、申し訳ございません」

 カメラの前で頭を下げた彼の表情は、沈黙の奥に怒りを秘めていた。

 誰が仕掛けたのか――彼にはもう、見当がついていた。

 深雪は、社外からの中傷と社内の冷たい視線に晒された。

「時間をくれ。必ず暴いて真実を伝える」

 深雪は光哉の言葉に頷いた。深雪は光哉の別荘に身を寄せた。

 光哉は動いた。

 誰よりも早く、静かに、そして徹底的に。

 深雪が掴んでいた内部資料を再構成し、削除されたデータの痕跡を探し出した。

 やがて、国立美術館の建設に関わる政治的な利権ネットワークが浮かび上がった。

 癒着、談合、賄賂。

 深雪を陥れた勢力の正体が、白日の下に晒されていった。

 一ヶ月後、告発記事が出た。

「光栄グループ、国立美術館新館事業を巡る不正発覚」

 記者会見で、光哉はすべてを語った。

「彼女は、不正を暴こうとした。その勇気が、真実を導いた」

 記者は世間の関心を集めるそのネタに飛び付いた。そして、光哉と深雪の関係性にも再び注目が集まった。

「ふたりのご関係は?」

「職場の立場もあり、お騒がせしてしまいましたが、私たちは単に恋人同士、お互いに独り身ですし、そっと見守ってください」

 フラッシュが光哉に降りそそぐ。

 社会は一転した。

 深雪の名誉は回復し、光哉への信頼も再び高まった。

 人々は二人を“真実のパートナー”と呼び、世間は彼らを公認のカップルとして扱った。

 しかし、その報道の裏で――

 ふたりの間に流れる時間は、もうあの夜のように艶やかではなかった。

 そして、ふたりは最後の夜を共にする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ