9 トティータ
「トティータ様、お元気になられて本当によかった。倒れられたと聞いた時はお側に駆けつけられないこの身をどれほど歯がゆく思ったことか……」
「私もですトティータ様。貴方様の印してくださったこの聖紋を縁に御無事を祈る事しか出来なかったこの数日がどれほど長く感じられたことか…」
「トティータ様私も同じ気持ちでございました」
「まぁ、皆さま、そのようにわたくしの事を心配して下さって嬉しく思いますわ」
トティータは祈りの間で倒れた翌々日、いつもよりゆっくりと午後の遅い時間に花園に降りた。そうすると自分が聖紋を印していた聖騎士らが待ち構えていたようにトティータを迎え入れた。
だがそこに黒銀の聖騎士グリアムがいないと気付きトティータは僅かに眉根を寄せた。
「グリワム様は……「ここにおりますトティータ様。お元気そうなお姿に安堵いたしました」
トティータがその姿を見つける前に、奥からすっと現れ跪いたグリワムにトティータは笑みを見せた。
「グリアム様も心配して下さいましたの?」
「当然ではありませんか。我が聖女トティータ様」
「まぁ、ふふ」
甘い言葉を囁き心配げな視線を向けて来るグリワムにトティータは満足してその頬をなでた。
先日祈りの間で起こった事はすでに聖騎士らにも知らされていた。
ーグリワム様のこの態度。抜け目のない貴方様ですもの……当然お調べになりましたわよね?
トティータは自分の画策通りに周りがはまっているのを見てゆったりと微笑んだ。
トティータが優秀な聖女であるというのは周知の事実。だがそこにははっきりとした確証が存在しているわけではない。
聖女の聖力の強さを外から判断する方法はいくつかある。まず見た目の美しさ。それは過去聖力の高い聖女程美しい者が多かったためだ。それから聖騎士に印す聖紋の強さ。だが、これらは今いる聖女らにおいては皆似たようなもので、それほどの聖力差を聖騎士に感じさせるものではなかった。
それでもその中で、見た目の美しさや、聖紋を印す力が頭一つ分抜けているトティータだったが、グリワムを芯から夢中にさせる程ではないと感じていた。
ーわたくしの聖紋が1日で消えてしまうんですもの……本当に憎らしい方。
まわりに侍る聖騎士らの手の甲にある白金と紫の自分の聖紋がグリワムには印されていない事にトティータは目を細める。グリワム以外の聖騎士に一度求愛の口づけをすればその手に印された聖紋は2週間は消える事はないというのに。
毎日の様にグリワムに口づけを許せば聖紋を印すことは出来るが、彼の高すぎる魔力に正直トティータの聖力がもたないのだ。
聖女の口づけ…求愛は、ただ聖騎士に聖紋を印し所有欲や遊戯の為だけの意味を持つ物などではないのだとグリワムを手にしてからトティータは身に染みていた。
聖力が奪われる。いや与えているのかもしれない。
口づけをするごとに、聖紋を印すごとに聖力が聖騎士に流れていく。グリワム意外であればトティータにとってそれほど気にするほどの量ではないが、聖女のくちづけは聖騎士個人にとって高い利点があったという事。
ーそれはそうですわよね、でなければあれほどにだれもかれも聖女の口づけを求める事もないでしょう。
求愛と求婚は違う。聖騎士の目的が求婚だけであれば、適齢期の聖女にだけ求愛を求め求婚を願えば良いのだ。だが聖騎士らは全ての聖女に愛を囁く。つまり聖騎士らは求愛の口づけや聖女との交わりによって自身の能力の向上をはかっていたのだ。
ーそんなことにも気付かずに、次から次へと聖騎士からの求愛を求められるまま喜んで受けて施している聖女たちは今回の事で自身の聖力の弱まりに気付いてしまったかしら?
トティータが入教した当時とくらべ、聖女らが花園で過す時間が大幅に増えていることにトティータももちろん気が付いていた。花園で過す時間と比例して聖騎士とのふれあいは増える。それだけ聖女の聖力が日々聖騎士個人に流れていると思われたが、トティータは他の聖女の事など正直どうでも良かった。
彼女らが自分を慕い、敬い、自分の利益になれば喜ばしかったが、聖女など最悪自分の邪魔にならなければそれでいいとそう思っていた。
トティータはお気に入りのサンルームで紅茶のカップに手を伸ばし、ゆっくりと口に含む。
「美味しい」と小さく呟いて横に座るグリワムを見つめると、彼はにこりと微笑んだ。その笑みに満足してそのまま周りの聖騎士らの話しを聞くふりをしながら思考を続ける。
トティータはとにかく自分の価値を明確にグリワムに理解させたかった。だがそれは今までと同じものでは伝わらない。
ーでもそうしたら、あのボロボロ聖女が突っかかってくるんですもの。
トティータはあの日の事を思い出してフフっと小さく笑った。
「どうさかれましたか?」
「いえ、久ぶりに皆様とこうしていられて嬉しいと感じておりましたの」
「トティータ様」
グリワムの次に気に入ってる聖騎士ジークライトが目を細めたが、トティータは祈りの間で起こった騒動に思いをはせる。
ーあのボロボロの聖女キーラ。聖女らしからぬあの女のこと、わたくしずっと気に入りませんでしたのよね……
大公家の姫として生きて来て高い美意識を持っているキーラは、醜いものが嫌いだ。美しくないものが世の中には多数存在することは理解しているが、それを何故自分が見させられなければならないのか。ましてや同じ立場の者として表面上は敬わなければならないか?
ーあの方、あれで本当に聖女なのかしら?あれほど醜い人が傍にいるなんて本当に恐ろしい事だわ。
そんな風に思いトティータは眉を寄せる。だが聖域で暮らし、祈りの間に入ることが出来るのは宝珠を光らせ育てだ聖女だけだ。キーラが聖女であるのは残念だが間違いなかった。
ーせめて適当な聖騎士と番ってさっさとわたくしの目の前から消えていればまだよろしかったのに、いつまでも聖域に留まっておられるなんて、本当に気持ちが悪い女。
それでも、今回の件でやっとその異常性が聖域外にも少しは広まっただろうとトティータは笑みを浮かべた。
聖女らに限界を超えて聖水を作る様にキーラが指示したと印象操作するのは簡単だった。
ー実際嘘などではありませんものね。
これで23歳にもなってまだ聖域に留まっている異常な聖女が、他の聖女らにどのような仕打ちをしているのか勝手に周りは想像する。聖域の中、特に祈りの間は聖女以外には閉ざされている空間なので、より外から見えにくい事を逆手にトティータはキーラを貶める事に成功し、さらにあの場で自分は大量に聖水を作ってみせて、周りの聖女らに自身の力を見せつけた。そうするとトティータに心酔している彼女らはその様を端々で溢してまわった。
聖女の情報を集める聖騎士らの巧みな話術に、愚かな聖女たちはトティータの素晴らしさを話して聞かせただろう。トティータの大きく底上げされている聖力につて宣伝させたのだ。
ーでもこれもただの事実。わたくしがあの場で聖水を25本も生成して見せたのは本当ですもの。
多くの聖女の証言に聖騎士らがどう思い、さらにその後ろにいる他国がどう思うか。そうしてグリワムはどう思うか。そんな事を思ってあの日の夜はなかなか寝つけなかった。
ーだってわたくしはもうすぐ20歳……。
最高の形で最高の聖騎士へ求婚の儀を行い最高の大聖女となる。それに着実に近づいている事をトティータは確信していた。
その時、「トティータ様」と声をかけられ茶室に新たな聖騎士が数人入って来た事に気が付き顔を上げた。
「…サルート様」
トティータがその先頭にいる聖騎士の名を呼び、少し表情を顰めた。
サルート=オワーワは聖アルミア教国の聖騎士で、かつて大教皇から婚姻相手としてあてがわれていた聖騎士だった。教国の金級の聖騎士としてはそう悪くはなかったが、グリワムを選んだ今トティータにとっては少し煩わしい相手でもあった。
「あなたが花園に姿を見せられたと聞いてはせ参じました。これを」
サルートはそう言うと横にいた自国の金級の聖騎士に赤い花束を差し出させた。
カペラと呼ばれる真っ赤な花弁が咲き誇る豪華な花束をトティータに捧げ乍ら「聖域で倒れられたと聞いて心配のあまり何も手につかずにおりました私の心臓の色です」とその前に跪いた。
カペラの強い香りにトティータは少し眉を寄せる。
サルートを紹介された当時はそんなに意識していなかったが、どうにも自己主張の激しさが鼻に突くようになっていた。
ー所詮は金級ね
そんな風に思うとトティータは顎を僅かに持ち上げツンとすました
「わたくし、カペラはそんなに好きではありませんのよ」
そう言うとトティータは立ち上がる。それに従うように周りの聖騎士らも立ち上がった。グリワムはスッとトティータをサルートから守るような位置に体を寄せた。
「でも、この豪華な赤にときめく聖女様も多いですわサルート様。こんな風に跪かれたらきっと求愛も容易いですわね」
暗に他を当たって下さる?とトティータは匂わし、そのまま聖騎士らを連れて茶室を後にしたのだった。
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