7 聖女テス
聖女テスはトティータ=シュールベルトと同時に聖教会に入教した聖女だった。
初聖花と呼ばれる新たな聖女が入教する儀式で初めてトティータを見た時からなんて美しい聖女だろうとその姿に見惚れ、彼女のようになりたいと強く憧れるようになった。
親の居ない孤児で、孤児院出身の聖女だったテスはトティータの全てを必死で真似た。髪型、仕草、言葉遣い、立ち居振る舞い。それでも、彼女にはかなわない。けれどそれは当然なのだ。彼女は完璧な聖女なのだから。
「トティータ様……」
テスは聖水を生成するトティータを見ながらおもわず声を掛けた。
ー多すぎませんこと?
カチャカチャと瓶を手にしては聖力を注ぎ聖水を作っていくトティータの前には、生成された聖水が詰まった瓶がいくつも並んでいた。
いつものように祈りの間での聖水生成を終え、花園へ向かおうとしていた自分達に変わり者の聖女キーラが声をかけてきた。それに答えた聖女トティータに促され皆でもっと聖水を生成しようという流れになり、テスもいつもの倍は作るつもりで瓶に聖力を流し込んでいた。
だがテスや他の聖女らが一つ生成する間にトティータはその倍の速さで聖水を生成していっているようだった。聖水を生成する力は個人個人の聖力の強さに比例する。トティータが優秀な聖女で次期大聖女候補とも呼ばれている事はみな知っていたが、いままでその実力を目の当たりにした事の無かったテスらは唖然と並べられていく聖水瓶を眺めた。
「さすがトティータ様ですわ……」
隣にいた聖女が呟いた言葉に周りの聖女らもおおきく頷いた。
「そう?何だか実力を誇示するようで……少し恥ずかしいわ」
その呟きにふと手を止めたトティータは、そう言って頬に手をあて恥じらった。
「そんな、素晴らしいですわ」
「えぇ、わたくし驚いてしまって……正直トティータさまのお力がこれほどとは存じておりませんでしたわ」
「本当に、わたくしたち、聖女としてトティータ様の足元にも及びませんでしたのね」
そんな事を口々にいう聖女らにテスも同意した。
ー正直、あのキーラ様がわたくしたちを引き留め聖水をもっと作る様に、などと言い出した時はなんて失礼で嫌な方なのかしらなんて思っていたけれど、トティータ様の本気のお力を見せて頂ける機会だと思えばそう悪くは無かったのかしら?
「嫌だわ皆様、からかわないで。」
トティータが頬を染めた。その姿はまさに神の愛し子と呼ばれる可憐な姿で、皆しらず笑みを浮かべた。
「さあ、もうわたくしに構わずに皆様も聖水をお作りになって。キーラさまもおっしゃっておられたでしょ?より多くの聖水を作るのがわたくし達聖女の使命だと」
「え、えぇ」
テスはにこりと微笑むトティータの言葉に聖水瓶を握りしめた。
聖女キーラ。
適齢期をとうに過ぎた23歳のボロボロ聖女。聖騎士と婚姻もせずにいまだに聖域に居座っている少し変わった頭のおかしい方。それがテスらの周りのキーラへの認識だった。ボロボロ聖女とはなんとも酷い言い草だが、それはキーラの見た目がそのように見えたせいだった。
いつも教会員のように頭からフードを被って目立たないようにしているつもりなのだろうが、その姿は異様でかえって目立ってしまっていた。
フードから覗くボサボサの白い髪、痩せすぎた体、伸びすぎた前髪から見えるぎょろりとした目。いつも一人で祈りの間の奥に座り込んで、花園にも降りてこない様子のおかしい聖女。
「それにしても、わたくしキーラ様から話しかけてこられるなんて思いもしませんでしたわ」
一人の聖女の言葉に周りの聖女らも「そうですわね」なんて応じる。
「あの方少し怖くありません?わたくしあのやせ細った手など見るとなんだか恐ろしくて」
「わかりますわ」
いつもはあえて話題にしたりはしないが、今回はそのキーラが発端となってこうして聖水をいつも以上に生成する事になった為、ヒソヒソとキーラの話しを皆ではじめた。
「そういえば同室のコーラ様も気味悪がっておられましたわ」
「まぁ、やはりそうですのね」
「あら?コーラ様がそのようなお話を?」
「ええ、以前銀級の聖騎士様だけの集まりがあった時にわたくしコーラ様のお隣でしたの」
「え?銀級の聖騎士様だけの?!」
その聖女の話しに周りの聖女らはバッと振り返った。テスも勿論興味を向けた。
銀級の聖騎士はコカソリュン帝国出身の聖騎士の総称で、銀級の聖騎士に聖紋を印すことは聖女を分かりやすく格付けしていた。
その聖女は少し優越感を滲ませながら「銀級の聖騎士様が5人、わたくしたち聖女も5人でお茶をしておりましたの、その時聖女の暮らしぶりの話しになりまして、聖騎士様は聖域の事は御存じないでしょ?聖女が二人部屋だと聞くと皆さま驚かれていらっしゃいましたわ」と話した。
「何を話したかも気になりますが、それより銀級の聖騎士様だけでお茶を楽しむなんて、どういう経緯でそんな事になりましたの?」
「そうですわ!お茶会に銀級の聖騎士様を例えお一人でもお呼びするのは大変ですのに!それが5人もいらっしゃるだなんて!!」
花園に行けば聖騎士らに囲まれる聖女といえど、その中に銀級の聖騎士を侍らせている聖女はほとんどいない。
聖女が総数68人に対して、コカソリュン帝国の聖騎士は多いとはいっても30人もいないのだ。
「銀級の聖騎士様は黒銀のグリワム様ほどではありませんが、それでも皆さま本当に素敵ですものね」
一人がほぅっと息を吐くと「そういえば、昨日ナルラ様がお茶会に突然グリワム様を伴って現れた時はわたくし驚きすぎてカップを取り落とすかと思いましたわ」と眉を下げた。
ナルラというのはこの冬入教したばかりのまだ15歳の新人聖女のことだった。
「まぁ、あれはナルラ様が?」
「ええ、一人でおられた聖騎士様に声をお掛けしたらグリワム様だったとか」
「まぁそんな事が」
入ったばかりで、聖騎士の事も花園の事もよくわかっていない聖女だからそんな大胆なことが出来たのですわねと皆でくすくすと笑いあった。
「皆様、手が止まっておられますよ、トティータ様をごらんになって」
その時、おしゃべりに参加していなかった他の聖女にそう言葉をかけられて、テスらは慌てて空瓶を握る手に聖力を込めたのだった。
それから暫くもくもくと皆で聖水を生成していたが、テスはふと眩暈のようなものを感じて額を押さえた。
ー何かしら……頭が重いわ?
そう思っている内に手の先が痺れるように震え出し、目の前がゆっくり暗くなるような気がした。
ーなに、これ
テスは瓶を机に置き額に片手をやったとき、向こうに座っていた聖女が「あ」と言って倒れた。そうしてみるまに周りの聖女らもばたばたと意識を失うようにして姿勢を崩し、テスは驚いて目を瞠ったが、すぐに自分の体にも力が入らなくなっている事に気が付いた。
ーこれ、まさか聖水を生成し過ぎた?
テスら聖女が入教してきた時、先輩の聖女らに温かく迎え入れられ、そうしてまず聖水生成についての説明をされた。
『…聖女はこの国には沢山いるとは言っても、他国には殆どおりません。皆様お一人お一人の力がどれほど尊いか…誇りと信念を持って、できる限り聖水を作り、困っている方々の元に聖力を届ける。それが聖女というお仕事の根幹と心得て励んで頂きたいと思っておりますわ。ー…ですが、決して無理などなさいませんように、聖水を生成する聖力には個人差がございます。無理せず、出来る範囲で、精一杯生成する。とはいっても目安は必要ですものね、一人1日10本以上が望ましいですが、まずは1日5本を目指してくださいませ』
テスは机に並べたままの自分の生成した聖水を見た。
4本。
最近は祈りの間で生成する本数が大幅に減ってしまっていたが、聖女として5本は本来多くも少なくもない数だ。実際聖女になってからテスは2年目には1日10本以上生成することの出来た日もあった。
ー今、部屋でこっそり毎日自分の為だけに作っている聖水は精々2本分くらい。それを入れたとしても6本。決して多い数だとは思えないのに
ー苦しい
はぁはぁと荒い息が漏れて来る。どうしてこんな事になっているのかと思いながら周りを見れば、周りもみなおなじような数の聖水瓶をおいて意識を失ってしまっていた。もしかして聖力が弱くなっている?そんな馬鹿なと思いながらテスは震える手で自分の聖十字のクロスにはめ込まれている白珠に触れその様子を確認した。しかし淡く光るそれに変りはないようでいくらか気持ちを落ち着けると、その時ハッと手前に座る聖女をみた。
ートティータ様は……!?
トティータが日ごろそれほど熱心に聖水を作っていない事は知っていた。トティータがそうしているのだからと自分達も同じ様に行動していたテスなのだ。だが、それなら今、いつも以上に、そして誰よりも大量に聖水を生成していたトティータは平気なのだろうかと目を向けた時
ちょうどその華奢な体がゆっくりと傾いで、意識を手放していくのをテスは目撃した
「トティータ様!!」
聖女らの悲鳴や叫びが反響する祈りの間で、テスのその声はより大きくあたりに響いたのだった。




