47 最終話
「と、いうわけで、わたくしの婚活はなくなりましたわ」
「…誰に言っておられますの?」
コーラの言葉にキーラは「独り言ですのよ」と肩をすくめた。
あれからキーラとグリワムの力…拳。と、最終的に吐き出されたクーマちゃん三連ぶれすれっとで、グルニカはほぼ消滅させることが出来たのだった。
ほぼ。
『おい、なんだ婚活とは』
キーラの白金の髪から黒い毛玉がもっそりと顔を出してそう言うとコーラが嫌そうにそれを眺めた。
「ちょっとキーラ様…それ、本当に飼うんですの?」
「わたくしも複雑なんですけれど…離れませんし…飼うと言っても特にお世話は必要ないようですからとりあえず様子をみますわ」
『おい!ソレとはなんだ!!貴様!』
「うるさいですわ!このゴミ!寄生虫!!」
『なんだと!!』
「もうコーラ様もおやめになって、ぐるりんも、いままでしてきたことを思えば当然の非難ですわ。大陸中の聖力を横から奪ってほぼ独り占め、その他悪行三昧でしたもの」
「ぐるりん?え、ちょ、キーラ様ぐるりんって…ww」
『その名で呼ぶな!!』
ギャンギャンと煩い二人にキーラが呆れたように視線を泳がせた先、薄暗い廊下の向こうに淡く透ける初代聖女の姿があった。
ーあ
その聖女の横には逞しい男性。二人はキーラを見て深くゆっくりと頭を下げるとキーラの肩で騒ぐグルニカの残滓に目をやった。
その顔には様々な色が混じっていたが、一番強く滲んでいたのは我が子を見るそれだった。
かつて、グルニカに初代聖女ルティナルールが乗っ取られた時、彼女の腹には二人の子供が宿っていたのだ。その命は消されてしまったけれど、その魂は聖女がここまで守り抜き、ひたすらに抱いていたそれだったのだ。
キーラはそのことを知らなかったが、グルニカを倒した時最後にこの姿が現れ、憐れに悶える様を見たとき、なぜか咄嗟に手を出してしまっていたのだ。
グリワムには何故殺さないのかと驚愕され、その危険性を説かれたが、キーラはあの暗闇で聖女らに囲まれたときに感じた彼女たちの恐れと、深い悲しみを…この小さくなった存在に感じてしまったのだ。
ーその理由が今わかった気がしましたわ…
”ありがとうございます”
初代聖女の声にならない声が聞こえ、キーラは静かに彼女達を見つめた。
彼女に寄り添う男性はもう一度キーラに向かって深く頭を下げてから初代聖女の肩を抱いた。そうするとやがてその姿は空気に解けるようにして消えていったのだった。
「なんですの?キーラ様急に頬笑んだりして」
「いいえ、なんでも。でも乗り掛かった舟のようなので、やはりぐるりんはわたくしが立派な魔獣に鍛えてさしあげようかと、今ふと思いましたの」
『はぁ?!』
「あらぁぐるりんは立派な魔獣になるんですのね」
『ふざけるな!我は魔人グルニカ!貴様らのような家畜奴隷どもがッ!!』
そうグルニカが叫んだ時、その全身をキーラはグワシっと片手で掴み上げた。
「あらあらまずはお勉強からですわね?いい事と悪い事。言ってはいけない言葉、やってはいけない事なども、一からきっちりと教えて差し上げますわよ」
そう言いながら聖力をバチバチと迸らせると『やめろ!やめろ!!』とグルニカはジタバタと暴れた。
「聖女キーラ」
その時手前から声を掛けられ顔を上げると、聖騎士グリワムが待ち構えるようにして立っていた。
「あ、あら、グリワム様…」
「あー…じゃあわたくしは先に行っていますわ。やらなくてはいけない事が沢山ありますもの、ぐるりんあんたも手伝うのよ」
『やめろ!聖力で掴むな!!』
聖女らは皆白珠を失った。しかしその力はそれぞれの体の内でとどまり、巡っていた。
大聖女であった存在が魔女であり、しかも聖水とは、もともとあった大陸の力を搾取することによって作られていたのだと知られた。
つまりこの大陸にはもともと聖なる力が宿っていたのにその流れが歪められ、聖女を通して聖水にして力を吸い取られていたのだ。そのため、この大陸は多くの力を失い荒れ果て、不毛の地などがあちこちに現れていたのだが、グルニカの存在が消えた今、その力を不当に奪うものはいなくなった。
そのため年月はかかるだろうがいずれ聖力は自然と大陸を巡り、やがて豊かな土地へと戻っていくだろうと思われた。
魔女グルニカは、その昔、大地の力を聖力に変えて人々に与えることの出来る娘ルティナルールに目をつけ、その体を乗っ取りその力を自身の為だけに搾取する存在となったのだった。
そして彼女の力が衰えれば、新たな聖女の体を乗っ取り、その魂を白珠を作る器として加工していた。
しかしグルニカが倒された今、もう白珠を作る器はなくなり、これ以後聖女が選ばれることもなくなる。
しかしいきなり聖女という存在も聖水も無くなったと知らされれば大陸は大きな混乱に見舞われるだろうと考えた国は、聖力のいまだ宿るコーラ達聖女を最後の聖女として扱う事と決めた。祈りの間に入れば白珠が無くとも聖水を作ることが出来ると発見できたことも大きかった。
よってその扱いはこれまでとほとんど変わらなかったが、いずれは聖女個々人の希望はなるべく取り入れていくようになるだろうと約束された。とはいえ、まだしばらくは聖女らには聖水を作ってもらわなければならず、また、聖女らの力や、祈りの間が聖女に及ぼす力など、率先して明らかにし、聖女らの命を伸ばす方法も探られる事となったのだった。
***
自分を置いてさっさと行ってしまったコーラ達にすがるような目を向けていたキーラ。その後姿にグリワムは近づいてきてもう一度「聖女キーラ」と呼びかけてきた。
その声に観念したようにキーラが振り向くと、
グリワムはその場にゆっくりと跪いたのだった。
「グリワム様…?」
「聖女キーラ。天と地を遍く満たす聖なる力に誓う。」
突然宣べられた口上にキーラは目を瞬いた。
ーえ?何??
戸惑うキーラをよそに、そのままグリワムはキーラを見つめ、朗々と言葉を紡いだ。
「我が剣はあなたの為に抜き
我が盾はあなたの為に掲げ
我が命はあなたの為に燃やし
我が心はあなたの為に尽くす
そして我が拳はあなたの為に振るう。」
「グ、グリワム様…?」
「聖女キーラ。この身、この心、すべてを捧げ奉ります。どうか私に生涯貴女のその隣に立つ栄誉をお与えください。」
そう言い終わるとグリワムは腰に下げていた剣をキーラに捧げ上げたのだった。
「え、え?!」
ー何?え、これって、これって、え?!?!
「キーラ様!!なにをぼさっとしていますの!!」
内心でおおいに慌てていたら、先に行ってしまったと思っていたコーラが大声で「剣を受け取って!!」と叫ぶのが聞こえた。
聖域にあるパティオで突然はじめられた求婚の儀に、近くを通りかかった教会員や聖女らも気が付き遠巻きに人が集まってくるのが分かった。
「剣で肩を打つんですのよ!んもう!流石にご存じでしょう?!」
求婚の儀
キーラも確かにその儀式は何度も見たことがある。だがこんな場所でいきなり行われるようなものではなかったはずだ。
聖騎士が聖女に求婚を申し込みそれを聖女が受けると行われる求婚の儀は、本来聖教会大聖堂で多くの信者や聖騎士、聖女、そして各国の重鎮に見守られて大々的に行われる行事だ。間違ってもこんな場所で突然はじめられるものではなかった。はずだ。
「え、えっと…あの…え?え?」
このまま剣を受け取るべきなのか、しかしそうするとこの儀式をこのまま進めてしまうことになる。そうなるとどうなるのかと…キーラは頭の中が真っ白に吹き飛んでしまっていた。
グリワムはそんなキーラの様子に、自分が驚く側ではなく驚かせる側に回れたことに満足し、内心で笑みを浮かべていた。
しかしそんなそぶりはおくびにも出さず、グリワムは顔を上げ柔らかな声で囁いた。
「聖女キーラ。両手をこちらに」
そう促され、キーラは流されるように手を伸ばし剣を受け取らされた。
そのままグリワムはキーラにしか届かない声で「右肩から軽く…お気持ちのままに」と声をかけると、もう一度静かに深く頭を下げたのだった。
そのとき
いまだ戸惑うキーラの眼下で、纏められたグリワムの黒髪がさらりと揺れ、鍛え上げられた首から肩の男性的なラインがあらわになった。
それは先の戦いでキーラを守って一度は失われた部分だった。
「……っ!?」
その時自分が何を思い
どう行動したのか。
それが脳裏に鮮明によみがえり、その瞬間キーラは突然この状況を生々しく感じ頬に朱を走らせたのだった。
ーけ、けっこん!?!!
わ、わたくしがグリワム様と…?!!い、今?!!
流石のキーラもこれが契約結婚などという形だけのものだとはもう思ってはいなかった。
グリワムが行ったのは聖女を娶とる正式な求婚の儀式作法。
しかし、大聖女であった魔女グルニカの虚構が暴かれ、大教皇は死に、教皇たちはその姿を消し、この聖教会の権威もほとんど崩れ去ってしまっていた。それに聖力が地に循環しはじめれば聖水は作られなくなり、聖女の存在も不要のものになるのだ。そうなれば聖騎士と聖女の婚姻など…もうなんの意味も持たないはずなのに…。
「キーラ様!!」
聖女コーラの声が遠く聞こえる
ー本気で…?
キーラは静かに頭を下げるグリワムを見下ろしていたが、やがてグッと剣を握ると、グリワムの肩へとそっと剣を当てた。
右肩に触れ、左肩に触れ、そうして剣が下げられる。周りはその様子を息をつめてただ静かに二人を見守っていた。あとは聖女が聖騎士に「与えます」と宣言するだけだった。
しかし
わずかな間をおいても聖女キーラから最後の言葉は聞こえてこない。
グリワムはしばらくその姿勢のまま待っていたが、流石に少し視線を持ち上げたその時
「…あ、与えます」
と
うつ向いたまま、顔面を真っ赤に染めたキーラが震える声で小さく言葉を絞り出したのをグリワムは目にしたのだった。
その瞬間周りがワッと歓声を上げ騒ぎ出す。
グリワムは立ち上がり、剣を抱えて顔を隠し固まってしまった聖女キーラに近づいた。
「な、なんですの…これってなんなんですの…」
顔を隠したまま耳まで赤くして呟くキーラに、グリワムは「あなたに聖紋を印された聖騎士として当然の行いでは?」と、左手に印されたままのキーラの聖紋を見せつけるようにしながらその耳元にうそぶいた。するとキーラはバッと耳を抑えて体を離しグリワムを見た。
「聖女キーラ。さあこれで貴女はもうここから出られる自由の身だ。」
しかしグリワムがそう言って片手を差し出すのにキーラはハッとした。
「自由」
「ええ。自由です。上には話を通してあります。あなたはここから出て好きなように、どこにだって行ける」
聖女の待遇は今後改善されていく。しかし、今すぐ変わっていくものではなかった。キーラはまだ数年、他の聖女らと共にここにいるつもりだったのだ。
ー自由…
その言葉に故郷のなつかしい景色が眼前に広がるようだった。父や母、兄たちの顔、そんなものが浮かんでキーラを温かく取り囲むようだった。
「ただし…私と共にですが」
「え?」
しかしグリワムの言葉にキーラは現実に引き戻されたようにして顔を上げた。
「御供しますよ。もちろん夫として。まずはご実家に戻られますか?コカソリュンへも参りましょう。そのあとは大陸中の失われた聖力を地に戻して回るのはいかがでしょう?」
「え?は??はい??」
聖騎士グリワムが美しい顔で笑みを作るのを、聖女キーラは青いのか赤いのか判別のつかない顔で見やったのだった。
その昔
この大陸には聖女という存在がいたのだと、後に語られるようなる話の最初はそんな風にして始まるのだった。
とか、なんとか…。
おしまい。
「ボロボロ聖女婚活する!」最後まで読んでくださってありがとうございました!気に入って頂けたらうれしいです!それからいいねやポイントや評価や感想やレビューなど!もらえたら…嬉しくて踊っちゃいます!!ドンドコ!
桐乃鈴




