45 絶対に
『あいするおとこの為だ』
再び囁かれたその言葉。
『さぁ、今こそその身を差し出せ』
「わかりましたわ…」
キーラは痛みに脂汗を浮かべながらも毅然と顔を持ち上げ
言った。
「お断りします」
『何?』
「絶対に、お断りですわ」
『なんだと?貴様その雄が死んでも構わんのか?』
「構いますわ!!でもそれとこれとは別!グリワム様はわたくしを貴方から守ろうとしてくださいました!!それなのにどうしてそれをないがしろにするようなことが出来るとお思いですの?!!絶対に絶対にお断りですわ!!」
キーラはグリワムの体を抱きしめながらグルニカから目を逸らさなかった。キーラの感情の高ぶりと共にめぐる聖力が少しずつ増してくるようだった。
しかしそれでも痛みは消えず、体に負った傷も修繕されるほどのものではなかったが、気力は支えられた。
「聖女は…聖騎士を守ることが出来るのですわよね?!!」
キーラはグリワムが黒い珠に捕らえられたときにグルニカから言われた言葉を思い出していた。
(ーお前の聖紋があるから守られる…)
ーわたくしの聖紋で守られるのなら
キーラはグリワムの顔を両手で支えるようにして持ち上げると血の気の失せたその唇に自身の唇を重ねた。
わたくしの力を
グリワム様に…!!
その行為はあたたかな光をキーラからグリワムへと流し込んだのだった。
*****
ーうわぁ…
聖女コーラは転移した建物から外に出て、壁の向こうで繰り広げられている光景を見て固まった。
ーなんですのこれぇ…ドラゴン…?腐ったドラゴン??
コーラは、弟が好きだった絵本のドラゴンの挿絵を思い浮かべながら呟いた。視線の先にいる巨大な黒い物体は正直絵本のドラゴンとは似ても似つかなかったが、その異様な大きさの生き物に該当する物が他に思い浮かばなかったのだ。
眼前では聖騎士グリワムと聖女キーラが巨大な化け物(ドラゴン?)と相対している。と思えばグリワムとキーラがソレにつかまってしまった。
ーうわぁ…
終わった。とコーラは顔を歪めた。しかし次の瞬間黒い炎がキーラの胸元で吹きあがったかと思えば、激しい光が放出された。
ーうわぁ…
凶悪。と続けてコーラは顔を歪めた。聖女であるコーラにはその光がなんであるのかすぐに分かった。
聖女キーラの聖力だ。
ー本当桁違いの化け物聖女ですわぁ…
コーラはその光に焼かれもだえ苦しむ化け物にちょっぴり同情した。化け物の手から逃れ、なんだかいい感じに会話している聖騎士グリワムと聖女キーラを見てコーラは「あら」と首を傾けた。
ーなんですのあの二人…あんな感じでしたかしら…?
聖騎士グリワムは言わずと知れた聖女トティータの聖騎士だ。最近確かに聖女キーラと噂になっていたが、あの二人に周りが騒ぐようなことは何もない。と確信していたコーラだったが
ーんまぁ、噂が正しかったなんてびっくりですわ
コーラは肩をすくめて「キーラ様意外とやりますのね」と呟いた。
「でも、ま、わたくしには関係ありませんわね」
他人のものになった男には興味の無いコーラはそう言って背を向けた。
腐ったドラゴン対聖女キーラの戦いの行方は多分、いや、どう見ても聖女キーラの圧勝だろう。それならもうすぐここは安全地帯になるはずだ。自分は他の聖騎士が居そうな場所へ行っていち早く保護してもらおう。
ータルスル様~聖女コーラ!今、参りますわぁ~!
そうしてコーラが反対方向へ駆け出したその瞬間、ドンとすぐ横にあった壁が半壊した。
「?!」
コーラの身長の二倍の高さはあった石壁がほとんど崩れ、その隙間から白金の髪がのぞいていた。
「え」
ーキーラ様…?
コーラが反射的に振り向こうとしたその体をゾッとするような黒い圧力が襲った。
「ひ」
コーラはほとんど意識せず身を縮めとっさに自身の白珠に力を込めた。コーラの聖力がコーラの身を守る光の膜を形成した。
いままでそんなことは出来たこともなかったが、異様な状況に意識が向いていた為コーラはそのことに気が付いていなかった。
ー何、何が起こりましたの?!!
コーラの視線の先で、聖女キーラの白珠と思われるものが腐ったドラゴンに取り込まれ、そしてキーラもソレに再び掴まれてしまった。あ、とコーラが思ったその時、
猛烈な速さでドラゴンに飛び掛かる聖騎士グリワムを目にした。
嵐のように
聖女キーラを守ろうとする
聖騎士グリワムの姿。
剣と魔法が目では追えない速さで縦横無尽に繰り出される
それは一見圧倒的な強さに見えたのに
コーラにはその姿が悲鳴を上げているのが分かった。
ーあぁ
その時はすぐに訪れた。
グリワムの右肩のあたりがその腕もろとも吹き飛んだのだ。
相対していたソレも一部を飛ばされたようだが、人であるグリワムの受けたダメージの方がはるかに大きいのはすぐに分かった。
キーラの悲鳴のような声
そして化け物の言葉
ーあれは…
助かりませんわね…
コーラはじっと息を殺したままそう心の中で目を伏せた。
聖女キーラの手に白珠が無い以上聖水は作られない。聖水が無ければあれほどの怪我を直すことは出来ないだろう。
「…」
コーラは少しうつ向いて、しかし、そのままゆっくりと後ずさった。
今自分が駆けつければ、聖水を与えることは出来るかもしれない。だが、その前に目の前の化け物に殺されるか、捕まるか…とにかく身の危険が増す事は目に見えていた。
ーごめんなさいねキーラ様、グリワム様。…わたくし、自分の命が一番大事ですの
幸い自分の存在は気づかれていないのだ。このままゆっくりと逃げ出せば助かると、コーラは慎重に後ろを向いた。
ーさよならキーラ様わたくしがいなくても構いませんわよね!
「構いますわ!!」
ーえ?!
「でもそれとこれとは別!グリワム様はわたくしを貴方から守ろうとしてくださいました!!それなのにどうしてそれをないがしろにするようなことが出来るとお思いですの?!!絶対に絶対にお断りですわ!!」
存在に気付かれたのかとコーラは一瞬びくっと肩を震わせたが、すぐにたまたま会話がかみ合っただけなのだとわかった。
しかしそこから見た聖女キーラのボロボロの背中からコーラは目が離せなかった。その姿はしっかりと前を見据え揺らぐことなく黒い化け物を射抜いていた。
「聖女は…聖騎士を守ることが出来るのですわよね?!!」
ーキーラ様…?!
コーラはキーラがグリワムに覆いかぶさるようにして、求愛の口ずけをするのを目にした。
それは
何故かこちらが泣きたくなるような
そんな口づけだった。
聖力は聖女の命
そんな命を分け与える
行為
「…キーラ様…」
やわらかな光が聖女キーラから注がれる。
それでも
聖騎士グリワムは目を開けなかった。




