30 トティータと大聖女
大聖女グルニカ=ルルス。
初めて目にした彼女はただただ美しかった。
トティータと同じ白金の髪、薄紫の瞳、優しげな表情、少女のようにたおやかな姿。だがそこに隠し切れない威厳のようなものがあり、相対するものを静かに圧倒する迫力があった。
「あなたが次の大聖女候補?」
「はい大聖女様」
そう問いかけられた声は澄んでいて、トティータは柄にもなく胸が震えた。
「ねぇアーザス?とてもかわいらしい聖女ね、わたくし気に入ったわ。アンムワの血筋なのね?魔力に馴染みがあるわ」
「はっ左様でございます。」
あの老齢な大教皇が侍従のように大聖女に従っているさまにもトティータは驚いたが、大聖女が聖アルミア教国の先代王アンムアイソリスを愛称で呼んだことに驚きを隠せなかった。
ー大聖女は先代王よりもさらに上の立場だというの?
「ねぇ?あなた。こちらへきて、白珠をお見せなさい?」
「はい。大聖女様」
呼び寄せられてトティータは淑女らしくひざを折っていた姿勢から顔を上げ近づいた。そうして大聖女の前でもう一度ひざを折り胸元にしまっていた自身の白珠をそっと取り出す。
「かわいらしいのね」
トティータの白珠を確認した大聖女はやわらかな笑みを浮かべた。だがその目がわずかに失望の色を含んでいたことにトティータは気が付いた
「あら、大丈夫よ悲しまないで、次の大聖女はあなたでいいわ。かわいい聖女さん。そうね…あなたは聖域に入ったら聖水を作るのはちょっぴりでいいわ。アーザス。いろいろと教えてさしあげて」
「はっ、かしこまりました」
そんな大聖女と大教皇のやり取りをトティータは不思議な気持ちで見ていた。それに気が付いた大聖女が「なあに?なにか聞きたいことがあるのかしら?」と小首をかしげる。
「え、いえ…」
「いいのよ。疑問があるならおっしゃい?」
「その、大聖女様はあと数年で代替わりされると伺ったのですが…まだ十分…」
「まだ十分?」
「まだ十分お若く美しくいらっしゃるので…」
「まぁ」
トティータの言葉を聞いて大聖女はころころと楽し気に笑った。
「ふふ、そう?うれしいわ。でもあなたにはどう見えているのか知らないけれど、わたくしはこれでももう80歳を超えているのよ」
「え?!」
「大聖女となれば見ため的にはもう年を取らないの。でも中身は少しずつ老いているわ。だからもうそろそろ代替わりが必要なのよ。」
その大聖女の言葉にトティータは目を見張った。
ーこの美しい女性が80を超えているの?これが大聖女…?永遠の若さを手にして、大教皇をまるで侍従のように従え、王ですら目下の者のように愛称で呼ぶことを許される存在…?でもこの方が王宮の公式行事などに出られているなど聞いたことがないわ。それはつまり…煩わしい政治やそういったものからも完全に切り離された存在…なのだという事?
トティータはその立場を想像して思わず「恐れながら」とさらに質問を投げかけた。
「大聖女様は普段はどのようにして過ごしておられるのですか…?」
「トティータ殿」
「あら、いいのよアーザス。そうね…、わたくしは存在するだけでこの世に癒しを与える者になっているの。だから好きなように過ごしているわ。あなたも大聖女になれば好きなように過ごす事になると思うわ。」
「す、好きなように…?」
「えぇ、そう。なんでも思うままでいられるの」
この大陸には大小様々な国があるが、そのすべての国はこの聖アルミア教国から齎される聖水に依存している。その国で好きなように、思うままでいられるというのは、それはもう実質この大陸の頂点にある存在なのではないかとトティータは目を見張った。
ーなりたい…この存在に…次の大聖女に……!そうすればわたくしはすべてを手にできる……!!
その時トティータはそう強く願ったのだった。
***
朝、目覚めたトティータは大聖女の夢を見ていたことに気が付いて薄く微笑んだ。
ー永遠の若さと美しさ…地位。そして最高の聖騎士。それがもうすぐ全てわたくしのものになる。
「おはようございます聖女トティータ様。」
「失礼いたします」
付き人の教会員に身支度を手伝わせて、自室で朝食を済ませるとトティータは朝の礼拝へと向かった。
その後は祈りの間で聖水を作らなけらばならない。聖女として決められた行動や行いは鬱陶しいがこれもあと一か月の辛抱だと思えば問題はない。そのあとはより自分にふさわしい日々が待っているのだからとトティータは優美な笑みを浮かべて聖域内を移動した。
祈りの間で聖水を今日も一本だけ生成すると、取り巻きの聖女らを引き連れてトティータは花園へと向かった。
美しく咲く花々を見下ろしながらゆっくりと階段を下ると自身の聖騎士達がすでに階下でトティータの訪れを待ち構えているのが見えた。
「皆様、ごきげんよう」
そう言って手を差し出すと銅級の聖騎士ジークライトが一歩前に出て「おはようございますトティータ様。」と甘い笑みを浮かべた。
取り巻きの聖女らにもそれぞれの聖騎士が近づき挨拶を交わす中、トティータはわずかに視線を流し、お目当ての聖騎士を探した。
しかし黒銀の聖騎士グリワムの姿は見当たらない。
「…オローワ様、グリワム様は…」
あれからまだ戻って来ていないのかと不満を口にしようとしたその時、周りを取り囲むように立っていた聖女らからワッと感嘆の声がはじけた。
その華やいだ周りの反応からグリワムがこちらにやってきたのだと、すぐにトティータは理解して笑みを浮かべたままふわりと振り返った。
「グリワム…」
だが、トティータはそのままそこで動きをとめた。
「まぁ」
「今朝はグリワム様にトティータ様の聖紋が…!」
「白金に薄紫…!なんて美しいのかしら…!」
「流石トティータ様ですわ」
遅れて耳に届いた周りの言葉にトティータは表情を固め、そのままグリワムの左手に印された光り輝く聖紋に
目を奪われた。




