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3 花園



聖騎士グリワム=オーダナイブはこの聖アルミア教国の隣に位置する大国コカソリュン帝国出身の聖騎士だ。


聖騎士とは聖アルミア教国でしか生まれることのない聖女を合法的に各国が手に入れる為に作られたシステムで、聖騎士として選ばれた各国の騎士は、聖域と呼ばれる聖女の暮らす場所から唯一聖女が自由に出入りできる「花園」と呼ばれる場所に出入りすることが出来、聖女を口説く事と求愛の口づけ、そして聖女から求婚を受け、その聖女を国に連れ帰る権利が与えられている者の事だった。



ー蜜に群がる蟻のようだな


グリワムは花々が美しく咲き乱れる花園内の大きなサンルームで談笑する聖女と聖騎士達を見るともなく見ながら紅茶を傾けた。


聖教会内の「聖域」と呼ばれる聖女らが暮らす巨大な建物と、その横に併設された聖女と聖騎士が憩う場所「花園」。ここは各国が聖女を得るために国力をアピールする場でもあった。贅を凝らして建設した大小様々な建物があり、このサンルームもその内のひとつだった。


今この場では入教したばかりの15歳の聖女から19歳までの聖女5人に対して各国の聖騎士がそれぞれ2.3人ずつ侍るようにして会話を楽しんでおり、グリワムはその集団の一番端で、出された紅茶に静かに口をつけていた。


グリワムはコカソリュン帝国皇帝から密命を受け、聖騎士として三年前にここに送りこまれてきていた。

コカソリュン帝国皇帝アシーラに忠誠を誓っており。その命令に従うことに違などはなかったが、この聖騎士制度というものは正直グリワムの性には合わなかった。


聖女を自国へと連れ帰る為に聖騎士らはあらゆる手管を使い聖女を落としにかかる。聖女から求婚を受け連れ帰るのは大前提。その上で20歳以降もなるべく多くの聖水を作り続ける事の出来る能力の高い聖女を見極め得る事。そして聖女との求愛の口づけや交わりによってえられる自身の魔力の向上。


そういったものを砂糖菓子ような甘いベールで覆い隠しながらしのぎ合うここは、各国聖騎士らの熾烈な追い落としの場でもあった。


とはいえこの3年、グリワムが聖騎士として活動した結果、密命に沿う聖女はすでに押さえている。あとはその聖女が適齢期を迎え、その求婚を得ることが出来れば聖騎士としての役目を終え、次の段階へ移ることが出来るだろうと考えていた。


しかし、グリワムにはここにきてある一つの懸念をかかえることとなり、それが頭の隅につねに靄のようにかかっている状態であった。



「グリワム様はどう思われますか?」


横からふいにかけられた言葉に、グリワムは思考の水面から顔を上げた。そのまま瞬時に表情を美しく取り繕ってみせる。その細められた視線を受けて、まだこの冬に入教したばかりだった少し幼さの残る年若い聖女は頬を赤くした。


「そうですね…わがコカソリュン帝国では、カーネラの宝飾品が最近は好まれているようです。透明感のある赤い宝石が騎士の真心を捧げられているようだとご令嬢がたの心を射止めているのだとか」

「まぁ」

「素敵」


グリワムの言葉に隣の聖女だけでなく手前に座っていた他の聖女らも目を輝かせた。


聖女らのまわりに侍る他国の聖騎士らはその様子に、内心はどうであれ同じように笑みを作って見せた。彼らは皆、女性が興味を持つであろう話題や喜ばせる方法を熟知している。聖女の居る場所で不愉快な顔を見せるような程度の低い聖騎士はこの場にはいなかった。


聖アルミア教国から聖騎士を派遣することを許されている国は全部で13国。その中では当然国力に従った序列があった。


まず、聖女を排出するこの聖アルミア教国の聖騎士が最も序列が高く人数も多いくこの花園内で序列は最高ランクの金級とされていた。しかし、アルミア教国は国の規模としては小国でしかなく、また聖女を産出する側である教国において聖騎士制度はそれほど重要視されていない為か、聖アルミア教国の聖騎士らは個々人の魅力が他国の聖騎士と比べてそれほど高くはなかった。


だが、グリワムの所属するコカソリュン帝国の聖騎士は、序列こそ聖アルミア教国に次ぐ銀級とされていたが、大帝国であるコカソリュン帝国の人的資源は強大で、その中から選りすぐりの騎士が聖騎士として送り込まれている為、どの聖騎士も見目麗しく、能力が高い。その為聖女は数多いる聖騎士の中からまず、コカソリュン帝国の聖騎士に心を奪われると言われていた。


その中でもグリワムは帝国最強の大貴族家オーダナイブ家の血を引き、血筋は聖騎士としては最高ランクでありながら、またその容姿は絵物語もかくやと言わんばかりの美丈夫。さらに聖騎士として理想的とも言える振る舞いや物腰に聖女らは皆夢中になった。その為グリワムが聖騎士として入教してきたその時から、異例ともいえる状態で聖女からの求婚が殺到したが、グリワムは皇帝からの命に沿い、やすやすと聖女の求婚を受けることはなかった。


この花園において聖女からの求婚を蹴ることはあり得ない事とされていたが、今はグリワムにはそれが許されるだけの魅力があるのだと皆が納得する聖騎士として振る舞う事に成功していた。


「あの、グリワム様も意中の方にカーネラの宝飾品をご用意されたりするのでしょうか?」


斜め前に座っていた今年19歳になる聖女がグリワムの白い右の手の甲をチラリと窺いながら聞いてきた。そちらに意識を向けたグリワムは無言でニコリと微笑んみせる。それだけでその聖女はカッと耳まで赤く染めて口元を震わせたのだった。


「まぁグリワム様ここにいらっしゃったの?」


その時サンルームに新たな聖女が数人の聖騎士を引き連れて入ってきた。豊かな白金の巻き毛に美しい紫の瞳を持つ聖女トティータ=シュールベルト。大貴族から数百年ぶりに聖女が現れたと入教前から話題となっていた聖アルミア教国大公家出身の聖女トティータは、皆と同じ揃いの白の聖女服の裾を持ち上げて優雅にグリワムへと挨拶をしてみせた。その胸元で輝く聖十字のクロスにはめ込まれた白珠は、どの聖女よりも美しい光を放っていた。


「グリワム様、大教皇様のお許しが出ましたの。アンジェの3の鐘(午後6時)までに戻れれば街に降りても構わないとの事ですわ」


そう言ってトティータが嬉しげにグリワムに話すと、周りの聖女や聖騎士らはざわりと声を上げた。しかしグリワムはその様子に構うことなく立ち上がりトティータへ騎士の礼を返すとにこやかに応じた。


「それは喜ばしい事です」

「では早速参りましょう。皆様グリワム様をお借りしますわね。」


そう言ってトティータはグリワムの腕に手を伸ばし寄り添うように体を寄せた。あからさまなその態度も、聖騎士グリワムは聖女トティータの求婚を待ち望み、聖女トティータもまた、聖騎士グリワムに求婚するつもりでいるのだと密かに噂されていた為、その行動に口を挟む事の出来る者はいなかった。


聖女が聖騎士に求婚出来るのは適齢期と呼ばれる20歳になってから。トティータは現在19歳。今年20歳を迎える。


グリワムが聖騎士としてやってきたのはトティータが聖女として入教してきた2年後だった。その時からお互いに惹かれあっていたのではと今や公然と噂されていた。事実グリワムは3年間他の聖女から求愛の口づけをこそ受けることはあったが、求婚は断り続けていた為、その噂の信憑性は非常に高いと思われていた。


2人が他の聖騎士も引き連れてサンルームから出て行く様子を見ながら、1人の聖女が「トティータ様には敵いませんわね」とため息をこぼした。


「えぇ神の愛娘であり時期大聖女様ですもの…あの見事な白金の髪と薄紫の瞳。伝え聞く大聖女様のお姿そのものですわ」


すべての聖女の頂点に立つという大聖女。一般にはもちろん聖女たちですらお目にかかる事は出来ない存在で、そのありようは謎に包まれていたが、大体50年~70年に一度代替わりすると言われている。その代替わりの時期に必ず大聖女の資質を持つ聖女が現れると言われていて、その候補者は必ず白金の髪に薄紫の瞳をもつ非常に美しい聖女なのだという。


そうして今、今代の大聖女がそろそろ代替わりを迎え、今聖域にいる聖女が新たに大聖女として選出されるのだという話は近年花園で囁かれており、その次代の大聖女こそ聖女トティータであると言われていた。


「ですが、大聖女となる方が他国の…コカソリュン帝国の聖騎士様と婚姻なさることができるのですか?」


そこにいた入教まもない聖女が不思議そうに周りに問えば、手前にいた聖女が「さぁどうなのかしら最初は金級の聖騎士様との婚姻後になんて話も聞いたことがあったけれど結局その話はなくなってしまったようだし」とカップに口をつけた。


「大聖女ですもの、ほかの聖女と同じような婚姻をする必要はないのではなくて?大聖女の選んだ聖騎士は国に帰ることなく大聖女のそばにいられるとかかしら?」

「まぁ素敵」

「どちらにしてもトティータ様は完璧な聖女様ですわね…黒銀の聖騎士グリワム様を得て、さらに大聖女の地位も約束されているんですもの…」


そう言ってほぅっとため息をついた聖女の隣に座る聖騎士が、その言葉を聞いてそっとその聖女へと顔を近づけ囁いた。


「何をおっしゃいます。あなた様も完璧な聖女様でいらっしゃいます。」

「まぁ」

「…どうか、私にその可憐な唇をお許しください」

「…そんな強引な…」


そう言いながらも聖騎士に迫られた聖女はまんざらでもないような仕草で恥じらってみせた。それを見て他の聖騎士らもやにわに隣に座る聖女らを口説き始めた。


「いやだわ、待ってちょうだい」


聖女らは周りに侍る美しい聖騎士らにくすくすと笑い声を上げながら、やがてその口づけを受け入れた。そうするとその聖騎士の右手の甲にふわりと鮮やかな紋様が浮かび上がった。


「あ、あの…」


その場にいた一番歳若い聖女が顔を真っ赤にして、とつぜん目の前で繰り広げられる甘やかな行為に戸惑いの声を上げた。


「あぁ、あなたにもちゃんと教えて差し上げないとね」

「そのつもりでお誘いしていたのを忘れておりましたわ」


くすくすと笑い合う聖女らはそう言うと、斜め前に座っていた聖女が今しがた口付けた聖騎士の手の甲をそっとさすって微笑んだ。


「これは聖紋。聖女の求愛の口づけを受けた聖騎士の手に現れる尊い印ですのよ。わたくしの髪と目の色をしてますでしょう?これで彼はわたくしの求愛を受け入れているという証になりますの」

「え?では、その聖騎士様とご結婚をされるのですか…?」

「あら?…いやだわ、気が早いことね」


求愛を求婚と勘違いした聖女の言葉に周りの聖女達はくすくすと笑った。


「貴方はそんなにすぐに運命の方が見極められるのかしら?」

「これはね、聖女と聖騎士の相性を見るものなのよ?相性が良ければこの印は長く残るけれど相性が良くなければすぐに消えてしまうと言われているの」

「まぁ」

「とはいえ相性が良くなくても何度も求愛の口づけを捧げれば問題はないのですけれど…」


そう言いながら他の聖女が横の聖騎士の頬に手をやり口づけを求めると、求められた聖騎士は笑って聖女に口づけた。


頬を染めたままの年若い聖女はしばらく先輩聖女たちの様子を眺めていたが、そのうち横に座り先ほどから自分を熱い眼差しで見つめるてくる聖騎士の様子をちらちらと窺うようになった。


「聖女様。あなた様と私の相性も試してみられますか?」

「え、でも…」

「大丈夫よ求愛は何度でも、どなたとでも試すことができるのよ。気軽になさって」


そう言って未だ戸惑う年若い聖女へ微笑んだ聖女に、先ほど聖紋を印された聖騎士がすっとその体を抱き寄せた。


「ひどいお方だ、私はあなた様をこれほどに望んでおりますのに」

「あら?うふふふ」


そんな周りの甘い空気に押されていた年若い聖女は、だんだんと場に流されるように、躊躇いながらも横に座る聖騎士へ手を伸ばし、その頬へとそっと口づけてみせた。


「…これでは求愛になりませんよ聖女様。」


頬では意味がないと聖騎士に悩まし気に言われ、年若い聖女はいよいよ真っ赤になったが、周りの聖女らはその初心な様子にくすくすと楽し気な笑みを見せたのだった。



毎日投稿頑張ります!

明日からの三連休は昼12時と夜21時に投稿します。

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