23 うわさ
ーなんですの…?あれ?
聖女テスは、ぼさぼさの髪の人物が花園を横切る姿を遠くに見とがめて顔をしかめた。
…ー先日、あのボロボロ聖女キーラ様が花園に降りてきたと聞いたときは何かの冗談かと耳を疑いましたのに…
だが、聖女トティータから、花園でキーラと会い、少しの時間行動を共にしたのだと聞かされて、その場にいた聖女らはみな驚きに小さな声を上げたのだった。
『あの方が…花園に…?』
すでに適齢期を超えて今年23歳になるという異色の聖女の行動に聖女達はヒソヒソと噂しあった。
『え?グリワム様に色目を?』
『まぁ、そんな…あの方はトティータ様の唯一の方というのは皆様当然ご承知でいらっしゃるのに?』
『まさかトティータ様の聖騎士の方々を狙って?』
『そんな、まさか…いくら何でも身の程知らずではございません事?』
『でもトティータ様ははっきりおっしゃいませんでしたが、わたくし遠目に見ましたのよ、乗馬を楽しんでおられたトティータ様の陰であの方がこそこそとグリワム様に近づくのを…』
『まぁ』
『そういえばわたくし今日の昼にグリワム様が一人でいらっしゃるのをお見掛けしましたわ!そばに影子を連れておられたと思ったのですけれど、今にして思えばあれはキーラ様だった気がいたしますわ!』
『そんな!信じられませんわ…いまさらグリワム様に言い寄るなんて!なんて恥知らずなのでしょう?!』
『グリワム様はお優しい方ですもの…いくらボロボロで…見た目もあのような恐ろし気な感じとはいってもあの方も一応は聖女ですし、きっと無碍な対応はできなかったに違いありませんわ!』
そうして聖女達のキーラに対する噂話は数日後さらに大きなものになった。
『そんな…清青のタルスル様が…?!』
『他にもソリティオ様、ノドム様と銀級の聖騎士を3名も囲っておられるとか信じられませんわ!』
『それなのにあの方、聖紋も維持できないみたいでお三方の手にはなにも印されてらっしゃらないらしいのよ?だったらわたくしたちにはあの方々へ求愛する権利はあるはずでしょう?』
『まぁ!わたくし先日ノドム様をお茶にご招待しようとお探ししましたら、聖紋が印されてもいないのに胸に紫の仮花を飾ってらして…本当にびっくりしましたのよ!それってそういう事でしたの?』
『そう!そうですの!!わたくしのソリティオ様も同じですわ!次に聖紋が消えたときは絶対にわたくしの色に染まってくださるとお話ししていたのに花園に降りていってももう全然お会いできませんのよ!!』
『なんてこと』
『ねぇ、あの方の聖十字の白珠…皆様ごらんになったことはございます?濁っていてほとんど輝きが失われておりますのよ?あれではろくに聖水を生成することも難しいはずですわ』
『えぇ、えぇ知ってますわ!だからいつまでも祈りの間から出てこられないのでしょう?きっと聖水を数本作るだけで一日が終わってしまわれるのよ』
『まぁ!そんなお力しかない聖女が銀級の聖騎士様を何人も囲おうとするだなんて!!』
『あぁ、まさかあの方、トティータ様とグリワム様の関係を見てそんなことが許されるとお思いになったとかではありませんの?ほらグリワム様の聖紋はほとんど印されてらっしゃらないから…』
『そんな!信じられませんわ!!グリワム様は次期大聖女候補のトティータ様の求愛でも数日しか聖紋が印されないほどのお方だというのはもう皆様ご存じの事…だからこその絆だと言われているのに…!!』
『そうですわ!トティータ様はお一人で聖水を25本以上作ってしまわれるほどのお力をお持ちなのよ?その方と同じだといわんばかりの振る舞いだなんて…!』
『身の程知らずも甚だしいですわ!』
聖女達の噂話はわずかな事実に大量の憶測と決めつけがブレンドされて、たった数日のうちに猛火のように広がっていった。
だがしかし、噂の当人である聖女キーラにはその炎は見えなかったようで、相変わらずのペースで聖域で過ごし、祈りの間で過ごし、わずかな時間花園におりるというルーティーンでここ数日を過ごしているようだった。
***
ーあらあらまぁまぁ
聖女コーラは瞬く間に広がっていくキーラの噂話を小耳にはさみながら素知らぬ顔でお茶を飲んでいた。
ー女の噂話ってこわーいですわぁ
なんて思いつつ夜の食堂で皿に盛った食後の菓子を一つまみ口に放り込んだ。キーラがいろいろと言われているがコーラは真実を知っている。だが当然それを正して回ったりはしない。
コーラはもうすぐ20歳になる。若く、自分で言うのもなんだが見目麗しい聖女様だ。が、それでもこの場所では一般的で平凡な一聖女でしかないことは自覚している。こんな自分に求婚してきそうな聖騎士は金級や序列の低い国の聖騎士が多いだろうことは予想出来ていた。
それが、今ここに至って銀級の聖騎士3名、しかもそのうちの一人は憧れの青の君タルスル様で、そんな最高級の聖騎士達とお近づきになることが出来たのだ。こんな幸運を手放すようなことは絶対にするはずがなかった。
むしろこのままキーラの噂の陰に隠れて、3名とうまく付き合いつつなんとか最高の終わりを迎えたいと願っていたのだった。
ーとはいえあのキーラ様がグリワム様に色目を使ったり、タルスル様やソリティオ様を囲って求愛しまくりであはんうふんって…そんな訳ないっしょって、ちょっと冷静になればすぐにわかると思うのだけどねぇ…。
コーラはもともと平民で小さな果樹園農家の娘だ。上に姉がいて下に弟がいる。貧しくはなかったが普通の暮らし。それでも自分は聖女候補として選ばれたので両親からはちやほやされて育った。姉には意地悪もされたが15歳で家を出るときには「頑張りなよ」と声をかけてもらった。
聞いた話だと基本聖女は結婚しても実家に戻ることはできないらしい。婚姻の儀で結ばれた聖騎士の国に嫁いでいって二度とこの国に戻ることはないのだという。だが、例外としてコカソリュン帝国の聖騎士と結ばれた場合、聖女は希望すれば里帰りすることができるのだと…そういう噂を聞いていた。
べつにいまさらあの実家に帰りたいとかそんなことを思っているわけではない。聖女である自分に誇りを持っているし、今の暮らしすべてを気に入っているし幸せだ。でも、少しだけ、ほんのちょっとだけ、今の、立派な聖女となった自分を家族に見せたいな、なんてコーラは思ったりするのだ。
家族がびっくりして腰を抜かすような美しい聖騎士を連れて、びっくりするぐらい奇麗になった自分がごきげんようお父様お母さまなんて言っちゃって、お姉ちゃんと弟に異国の極上のお菓子を渡しながら、笑って「ただいま戻りましたわ」なんて言ってみたいなとか思ったりするのだ。
だから
キーラ様にはちょっと、ほんのちょーっとだけ申し訳ないとはおもうけれどこのまま自分の隠れ蓑としてがんばっててほしいと思っているのだ。悪気はない。
いやそもそもキーラ様はお相手の聖騎士が銀級とか金級とかそんなのはどうでもよく、とにかく求愛とかそういったお付き合いすらもどうもよく、なんでもいいから今すぐ適当な聖騎士と求婚の儀を行って聖域から出たいだけなんだという事を知っているのだから問題もないのだと、コーラは口の中のお菓子を咀嚼してそのままお茶で喉に流し込んだ。
ーそれに代わりの金級の聖騎士様はきちんと紹介して差し上げるつもりですものー
むしろ自国の聖騎士が良いのだと言ったキーラの希望にしっかり沿う形で自分は手助けをするので、やはりなにも問題はないとコーラはうんうん頷いて席を立った。
キーラの噂話で騒がしい周りを気にすることなく食事を終えたコーラは、一人軽やかな足取りで自室に戻っていった。
だがコーラはこの噂話が結果としてあんな事につながっていくとは予想もしていなかったのだった。




