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20 滅私精神



ーぞわぞわいたしますわ…いえ、聖騎士様とは皆様こういう方々でしたわね。ええ、そうそう。先輩聖女様方につれられてここに来た時はたしかにこんな感じでしたわ…


キーラは自身の横に座りにこやかに話しかけてくる聖騎士タルスルを、若干意識を過去に逃避させながら見ていた。


キーラは右側に聖騎士タルスル、左側には聖騎士ノドムと両手に花状態で、昨日と同じコカソリュンの館の一室で昼食をふるまわれていた。タルスルの横には聖女コーラがべったりともたれかかりうっとりとその顔を見上げているが、聖騎士タルスルはそれにも笑みを浮かべ対応しキーラとしっかりと会話を交わしているのはなんともすごい対話術だなと妙な感心をしたりしていた。


「ところでキーラ様は…「ねぇタルスル様ぁ…わたくし今年20になりますのよ」


タルスルが何か話しかけきたタイミングで、突然コーラがむりやりこちらの会話に参加してきた。しかしタルスルはその強引な態度にもにこやかに笑みを浮かべて「えぇ存じております聖女コーラ様」と顔を向けた。


「わが銀級の聖騎士コーワナムにもお心をいただけたと聞いております。」


「あ、えぇ、そうなんですの…でもコーワナム様の聖紋はもう消えてしまって…また新たな聖騎士様を選びたいとわたくし思っておりますのよ」


「さようでございますか。」


「ええ、ねぇキーラ様!そうですわよね!」


「え?あ、はい。そうですわね」


すごい目力で訴えられてキーラはカクカクとうなずいた。そういえばコーラは聖騎士タルスルと添い遂げたいと昨日さんざん話していたのだった。


ーそうね、この場に聖騎士様は三名もいらっしゃるんだもの。せっかくグリワム様にご紹介いただいたけれどコーラ様がこれほどご執心なのだからタルスル様の婚約権?はお譲りするべきよね…


「じゃあ…えっと…ソリティオ様。あのよろしければあちらでお話でも…」


「ええ聖女キーラ様喜んで」


「キーラ様。私もご一緒しても?」


「え?えぇ勿論ですわノドム様」


ーコーラ様とタルスル様を二人っきりにさせてあげれば…いいんですのよね?こういう立ち居振る舞いは正直苦手ですわ…


そう思いながらちらりとコーラの様子をうかがうと満足そうに鼻を膨らませていたので間違いなかったらしいとキーラは胸中でうなずいて立ち上がった。



***



「まぁノドム様も4人兄弟の末っ子ですの?」


「えぇ。男ばかりの家系で」


「聖騎士には三男や末っ子の者が多いのですよキーラ様。」


そう言ってタルスルは笑みを浮かべる。その横にはコーラがくっついているが構わずにキーラに話しかけていた。


結局コーラとタルスルを二人きりにしようと席を外したキーラだったが、その後を追うように、タルスルはコーラを腕につけたままこちらにやってきたのだった。


「あら?ではタルスル様も三男や末っ子だったりいたしますの?」


「私は上に兄と姉がおります。」


タルスルが答えると横からコーラが顔をのぞかせた。


「まぁお兄様とお姉さま?素敵ですわ!タルスル様のご兄姉であればそれは美しくていらっしゃるんでしょうね!」


「…どうでしょうか、あまり似ていないと言われますが」


そう言ったタルスルの表情は一瞬意味深に陰ったが、コーラは気が付かずに「お会いしてみたいですわ」としなだれかかった。


キーラはタルスルの表情が陰ったことに気が付いたがすぐにまた笑みを見せたタルスルに聞かれたくないことだと察して「…そういえば…」と違う話題を振ったのだった。


そんな風に会話をしているとあっというまに昼休憩の1時間が過ぎていった。



「もう戻られるのですか?」


昼が終わるのでそろそろ…とキーラが会話を切り上げようとしたところ、聖騎士三人が名残り惜しげな視線を向けてきた。それに若干たじろぎながらキーラはうなずく。


「ええ、ここに来るのは昼休憩の間だけと決めておりますので。コーラ様は…」

「わたくしはまだまだ皆様と交流を深めていたいと思いますわ!!」


ーですよね


午前中まではしおらしく?キーラの言うことを聞いていたコーラだったが、銀級の聖騎士に囲まれてしまえばこっちのものだとでも言いたげにタルスルとノドムの腕をつかんで離そうとしなかった。むしろ一人でさっさと聖域にもどってくださいと言わんばかりに鼻を膨らませている。


「それでは皆様…」


「…キーラ様。では、せめて私に聖紋を印してからお戻りいただけませんか?」

「え?」


また明日とキーラが挨拶をしようとしたところ、ソリティオがキーラの手を柔らかくつかみそう囁いた。


「…聖紋?」


「ええ。聖女キーラ…どうか私をあなたの聖騎士に…」


「え…と?それはわたくしと婚姻してもいいということですの??」


キーラはきょとんとした顔でソリティオを見上げた。聖紋を記すというのは確か求愛行為だ。聖女がこの方だと決めて、お相手の聖騎士もこの聖女と結ばれたいと願った時…口づけをするとその聖女の聖力が聖騎士の体に取り込まれて、手に聖紋と呼ばれる図形が浮かび上がる不思議現象の事だ。


婚姻適齢期に達した聖女が最終的に意中の聖騎士との相性をみるものだったと記憶している。相性が良くなければ…そう、聖女コーラと聖騎士コーワナムのように数日で消えてしまうのだ。


『キーラ様。求愛の口づけは婚姻を結んでもいいと願う聖騎士の方とのみ行う神聖なもの。しっかり見定めてこのお方ならば構わないと思った時に初めて印し印されるもの…それが聖紋なのですわ』


そう言いながら頬を染め微笑んだ先輩聖女様のお顔を思い出しながらキーラは問いかけたのだが、しかしソリティオは思いもしない事を問われたかのようにわずかに目を見張った。これまで聖騎士らしい態度を崩さなかった彼が、初めてキーラにみせた素の表情だった。


それは一瞬だったがキーラとの婚姻は考えてはいないのだと如実にその表情は物語っているようにキーラにはみえた。それでも聖騎士の礼儀として彼はキーラに甘い言葉をささやいていたと言うことなのだろう。


「ソリティオ様、無理はなさらないでくださいませ。わたくしとの婚姻に皆様後ろ向きでいらっしゃることは十分承知しておりますわ。」


「いや、それは違…」


「よろしいのです。それでもわたくしに求愛をと言われるソリティオ様の滅私精神は立派だと思いますわ。」


「滅私精神…」


「えぇ、お互いの唇への接触行為は好きあっていなければ苦行のようなもの…」


「苦行…」


「でも安心なさって!わたくしは契約結婚を望んでおりますのでそこまでしていただく必要はまったくございませんわ!」


ーそれにこんなカッサカサの唇で聖騎士様のぷるぷるリップを傷つけるのも忍びないのですわ!


「こんなわたくしに歩み寄ろうとしてくださってうれしかったですわソリティオ様」


「いや、違…!」


「あら、では、本当に今日はこれで失礼いたしますわ!ソリティオ様、ノドム様。タルスル様。お付き合いくださってありがとうございました。コーラ様もあまり遅くなりすぎないように戻っていらして。それでは皆様ごきげんよう。」


そういって膝を折って礼を取るとキーラはさささと花園を後にして聖域へ戻っていったのだった。




そうして一週間ほどが過ぎた。



聖女コーラはキーラにくっついて昼に花園に降り、そのあと聖域に戻らなくてはいけない時間いっぱいまでタルスルにアピールするという行動を繰り返しているようだったがいまだにうまくいってはいないようだった。


だがそれはキーラも同じだった。三人はみなキーラに関心を寄せてくれているのはわかるのだが、ただ、それが契約結婚に前向きであるということではないようなのだ。


ーうーんなんというのでしょうか…どこまでも聖女と聖騎士の関係から抜け出せないと申しますか…


キーラとしては『実は私も聖騎士は卒業したいと考えておりまして…』みたいな聖騎士がいれば一番良かったのだがそんなキーラに都合のいい事を考えている聖騎士など、もしかしたらいないかもしれないと薄々思い始めてはいた。




「はぁ?キーラ様そんなことを考えておられたの?!おばかさんですの?!」


おばかさんではない。と強く思ったがキーラは口には出さなかった。


「聖騎士様はとにかく聖女と婚姻して自国に聖女を連れ帰りたいんですのよ?ですからバンバン求愛の口づけをして相性の良い聖女を探していらっしゃるの!もう!いいからそんな馬鹿げた妄想に浸ってらっしゃらずにさっさとソリティオ様かノドム様に聖紋を記して婚姻でもなんでもなさってくださらない?毎日意味深にもったいぶってタルスル様の関心を引こうとしている事!わたくしにはバレバレですのよ!!」


ズビシっと指を突き付けてくるコーラに一瞬ムッと眉を寄せたが、それ以前に気になった言葉に首を傾げた。


「聖騎士が聖女を自国に連れ帰りたい…?とはどういうことですの?」


「はぁ?聖騎士様は聖女と結婚して自国に聖女を連れ帰りたいからここにいらっしゃってるのですわ!美しく尊い聖女を自国に連れかえると自慢できますのよ!常識ですわ!!」


「は?」


ーえ、そうなんですの?


「そうなんですのよ!!」


心の声がしっかり漏れていたらしい。キーラの呟きにコーラは大きく偉そうにうなずいて見せた。



聖騎士は聖女を国に連れ帰りたい?



それが本当だとしたらキーラの契約偽装結婚がかなうわけがない。偽装とは本人たちがそういう前提でいるだけで、表向きは聖女と聖騎士の婚姻の儀を行う。それが成れば聖女は聖域を出ていく。そして聖騎士もまた花園を出ていく。どちらも二度とここに戻ってくることはない。つまりそんな事をすれば聖騎士は自国に聖女を連れ帰るという望みが果たされないということになってしまう。


「そんな……」


それではキーラが聖女をやめて故郷に帰ろうと思えば……


「自国の聖騎士と結婚するしかない?」


そうぽつりと呟くと、コーラが「それですわ!」とまたビシッと指先を突き付けてきた。


「確かにキーラ様には金級の聖騎士がお似合いですわ!!わたくし金級の聖騎士様でしたら何人かご紹介できますし!」


「まぁ?そうなんですの?」


「えぇ!ですのでタルスル様ソリティオ様ノドム様はわたくしの聖騎士として今後お相手いたしますわ!!」


「え?えぇ…そう、なりますかしら…?」


「そうなりますわ!これが正しい道ですわ!!」


コーラが鼻を膨らませているのを見上げながら、まぁ、婚姻対象でもないのにいつまでも自分のお相手をさせているのも申し訳ないですものね…と、キーラは頬に手を当てコーラの意見にうなずいて見せた。



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