18 聖女キーラの願い…?
「コカソリュンの聖騎士の方で現在お相手のいらっしゃらない方はいらっしゃいません?もしいらっしゃったら何名かご紹介頂けると嬉しいのですが…どうかしら?」
その言葉を聞いてグリワムは不覚にも一瞬固まってしまった。
聖女キーラ。なんと御年23歳の68番目の聖女。
聖女の持つ聖力は25歳になると失われる。それでもその力を求めて各国はなんとか聖女を国へ連れ帰らんと聖騎士を派遣している。20歳から25歳までの力を自国に取り込むために…。その前提からいえばすでに23歳になっており今年24歳になる聖女などわざわざ相手にする必要もないと普通は考えるだろう。グリワムもそう思いはしたが、それでも聖女としてここにいるのならばその力の程度は把握しておきたいとそう結論ずけた。聖水を生成できる聖女はいずれ聖騎士と婚姻しどこかの国へ取り込まれる。それはその国の国力とも直結する。それにその聖女が大聖女候補ではない。という確約も得ておきたかったのだ。
そして実際に会う事が叶った聖女キーラは…異質な存在だった。
聖女の力は見た目に反映される。見た目の美しい聖女ほど聖力が高いとされていて実際グリワムもそう感じていた。それにのっとれば聖女キーラの見た目はお世辞にも美しいとは言い難かった。艶の無い白髪がぼさぼさと伸ばされ顔周りを覆い、目はぎょろりと大きく体は病的に細く皮膚もガサガサで正しく老婆のようだった。
だが、よくよく注意して見れば顔立ちは整っている方なのかもしれないとしばらく観察してグリワムは見解を改めた。鼻が潰れている、頬が張り出している、顎が出ているなどと言う事はない。バランスは意外にも悪くはない…ような気がする。とはいえ彼女はとにかく痩せすぎていた。
聖域では聖女の為に十分な食事が用意されていると聞いているので、もしかしたら異常な偏食家なのかもしれないとグリワムは考えた。
それはともかく、そんな見た目でありながら初めて会った聖女キーラにグリワムは違和感を覚えた。
ー薄っすらと虹色に輝く靄のようなものに包まれているような……聖気に満ちている…?
そんな馬鹿なと思いはしたが、傍に近づけば近づく程聖気の靄が肌に感じられ、グリワムはこの聖女の力を確認する事に意識を振った。たとえこの場に、次期大聖女候補と囁かれる今代最高の聖女であり、その求婚を得んとしている聖女トティータがいるにもかかわらず、そうしない選択肢はないと思えるほどに。
それでも少しこちらが誘導してやればこの聖女も自分の思うように動くだろうとグリワムは考えていた。隙を見せ、自分の手に聖紋がないと見て取ればどの聖女もグリワムに求愛のくちづけを強請って来る。
聖騎士を求める聖女を落とす事はグリワムにとって簡単な行いだった。
だが意に反して聖女キーラはグリワムの誘惑にのらずさっさと聖域に戻ってしまったのだ。
グリワムは今まで生きて来てこんな事は初めてだった。そんなつもりが無くても人に群がられてきたグリワムは自分自身にそういった意識を向けられる事が不快だった。それでも一定の年齢を経て気持ちの切り替えやコントロールを覚え、聖女への対応も仕事と割り切ったものとして行っていた中、あえて興味を引き出そうとした相手に食いつかれなかった事がなかったのだから。
戸惑い困惑したともいえる。
昨夜は、ふとした時に聖女キーラの行動を思い出して反芻してしまっている自分に気が付いて思わず眉を寄せた。
ーとにかく求愛だ。口づけをすればはっきりする。明日。もう一度会えば…必ず。
そう考え翌日は聖女トティータの元には行かずにコカソリュンの舘で聖女キーラが降りて来るのを待っていた。聖域に忍ばせていた密偵から連絡を入れさせてまで彼女の行動を監視していたグリワムは、昼。昨日とほぼ同じ時間に花園に降りて来た聖女キーラを迎える事に成功した。
そうしていささか強引にコカソリュンの舘に招く事は出来たが複雑な気持ちだった。
再び出会い、意識を向けさせ…そうすると聖女キーラはどこか恥らうようにそっと顔を近づけて来た。
求愛だと
そうグリワムが確信して目を細めた直後、他の聖騎士を紹介して欲しいとささやかれたのだ。
は?と声を出さなかった自分の自制心は有難かったが、それでも僅かに固まってしまい聖女キーラに謝られてしまったのは失態だった。
わかりました。聖騎士をご用意いたします。と返しながら、自分以外の騎士を宛がうのかと、なぜか騒がしい頭の中を押さえつけて舘に戻り、聖女キーラを待たせると今聖紋を印していない聖騎士をざっと思い浮かべる。毎日自国の聖騎士の状況は報告書に纏められ、それに目を通している為選出は容易だったが、銀級の聖騎士は聖女に人気が高い。その為聖紋が無い聖騎士といえど半日もあればすぐに新しい聖女の求愛を受けてしまう。
側に影子を呼びなんとか2人の聖騎士を押さえ、騎士の舘にも念のため連絡を入れさせると、なんとタルスルが休んでいるという。あいつならば都合がいいと直ぐに花園に呼び出した。
そうして3名の聖騎士を聖女キーラに見合わせる。
聖女でありながら今まで花園に降りてこなかった聖女。
聖女らしからぬその見た目に、だが、グリワムの紹介した聖騎士は皆キーラを見てもにこやかな表情を崩すような事も無くスッとその傍に跪いた。
「聖女キーラ。貴方様とお会いできた事、嬉しく思います。銀級の聖騎士。タルスル=サントワと申します。どうぞタルスルとお呼び下さい。」
連れて来た騎士が順番に挨拶をし、最後にタルスルが少し小首をかしげるようにして上目使いに聖女キーラを見つめれば、彼女はフッと目を細めた。
ータルスルならば問題ない。
グリワムはその様子を見つめながら胸中で考えを纏めるように独り言ちた。
下町育ち故かガサツな面を持ちあわせているが、そういった顔はここでは見せずに要領よく立ち振る舞う事が上手い男だ。見た目も十分に美しい。グリワムと比べれば幾分線が細く中性的だが、聖女らにはそういった面もうけがいい。実質グリワムに次いで今や№2の人気を得ている聖騎士だ。
ータルスルに求愛し、浮かぶ聖紋を確認すれば聖力の強さもある程度は測る事が出来るだろう。
いや、この場で3人まとめて自分の聖騎士にすることは十分あり得る。そうすればよりはっきりとしたデーターが……
そこまで考えていると聖女キーラが「あの…」と手前にいた聖騎士へと声を掛けた。
「はい。キーラ様」
手前にいた聖騎士は笑みを作ったまま僅かに上体を持ち上げた。だれもが求愛の口ずけをキーラが行うのだろうと思った矢先、だが彼女は「どうぞ、皆さまもそちらにお掛けになって」と対面のソファに座る様に促したのだった。
「は?あ、はい。」
「…失礼します」
「グリワム様もどうぞお座りくださいませ」
「…は。」
聖女は聖騎士とのふれあいを求める。初対面であろうともすぐ隣に座ることを許されなかった事は今までなかった。
まさかよほどお気に召さなかったのか?
タルスルをはじめ三名は皆見目、態度、申し分ない。偶々今聖紋が消えていただけで聖女からの人気も高かった。この短い間に目に見えるような失態は無かったと思うが何か気に障るような事が…?
グリワムは表情こそ穏やかにしていたが、注意深く聖女キーラの様子を窺っていた。するとキーラは全員が座ったのを確認してコホンと小さく咳払いをすると、いつのまにか手にしていた書類を差し出して来た。
ー?
「あの、わたくし…えっと、その。23歳ですの。それで、そろそろ聖女は卒業するつもりでおりまして、ですので遅まきながら聖騎士様との、その、ご、ご婚姻を希望しておりますの……いえ、聖域を離れる手段として実は他の方法が思いつかずに、結果聖騎士様との婚姻を望んでいると言った方が正しいのかもしれませんわ」
とととっとキーラが語り出した言葉に、全員笑みを浮かべたまま巨大な疑問符を頭上に顕現させた。
「このような望みは聖騎士様の御負担になる事は重々承知しておりますわ。そこでわたくしが申し上げたいのはあくまでもこれは契約結婚とお考えいただきたいのです。聖域を出れば即!即婚姻を解消して頂いて構いませんし、現在は、その、わたくし恥ずかしながら金銭等はあいにく持ちわせてはおりませんが、実家に帰ればいくらかは用立ててもらえるかと思いますので、望まれるお金などをお支払いすることもやぶさかでは御座いませんわ。」
「……」
「……」
「……」
「あと!他にもなにかご要望があれば最大限ご期待に添えるよう努力致します!ですので何卒!御一考の程!!皆様宜しくお願い致しますわ!!」
そう言って聖女キーラは我々に向って深々と頭を下げて見せたのだった。




