17 結婚相手斡旋相談
「え…と、ごきげんよう…?グリワム様」
「聖女キーラ。またお会いできて光栄です」
そう言いながら聖騎士グリワムがスッと手を差し伸べて来た
「キーラ様、もう昼食はお済ですか?宜しければコカソリュンの舘においでになりませんか?我が国の食を是非キーラ様に味わって頂きたいのです」
「はぁ」
昼食は既に済ませてここに居るので結構ですとはいえずキーラは何となく頷いた。そうするとグリワムは目元をフッと緩めた。
その表情にキーラは目を丸くした。
ーんまぁ…なんて美しいお顔をなさるのかしら?美を計算されつくして作られた彫像のようですわね。多分ご自分の美を完璧に制御されておられるのね。おじさまもたまに鏡で練習されておられたもの。そこまでする感覚は全く理解できませんけれど何でも努力をするという事は素晴らしいのですわ。
キーラは曖昧に笑ってそのままグリワムの差し出された手を取ろうとしたが、彼がトティータの聖騎士である事を思い出し、一応これでも聖女である自分を彼にエスコートさせるのは問題があるだろうと考え、フッと上げかけた手を下ろした。
「キーラ様?」
「あぁ、いえ、御招待下さって嬉しいですわグリワム様。ただわたくし、またすぐに聖域へ戻らなくてはなりませんの」
「…左様でございますか」
「ええ、それで、せっかくなのでご相談なのですが…グリワム様」
そう言いながらキーラはグリワムの耳元にこそっと手をやり顔を近づけた。
「キーラ様…」
「コカソリュンの聖騎士の方で現在お相手のいらっしゃらない方はおられませんか?もしいらっしゃったら何名かご紹介頂けると嬉しいのですが…どうかしら?」
そうキーラがグリワムにお願いすると、彼は一瞬笑みを浮かべたまま固まったように見えた。
ーあら、やっぱりいくら何でもはしたなかったかしら?つい、婚活相手を斡旋してもらえるいい機会だわなんて安易に飛びついてしまったけれどこんな風にお願いする事では無かったかしら?
「あ、その、ごめんなさい、わたくしったら…時間がなくって…つい」
「あぁ、いえ、聖女キーラ…謝らないでいただきたい。聖紋を印していない聖騎士を数名喜んでご用意させて頂きます。どうぞこちらへ」
「まぁ宜しいの?助かりますわ!」
ー花園の流儀?をすっかり忘れ去ってしまっていたけれど、大丈夫だったみたい。よかったわ
キーラはほっとしながらグリワムの後について歩いて行った。
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それからキーラは花園内で一番大きな舘であるコカソリュンの舘に案内された。白に金脈の入った美しい石をふんだんに使って建てられている舘は陽の光に輝くようで、だが常に祈りの間に閉じ籠っているキーラには眩すぎて眼がシパシパした。
「キーラ様。此方で少しお待ちください」
大きな窓が開放的に中庭に向って開けられた部屋に案内されたキーラがソファに腰かけると、そう言って聖騎士グリワムは席を外した。部屋にいた…影子と呼ばれる花園の使用人が静かに近づいて来てキーラに飲み物と美しく配置され多種多様な軽食が盛り付けられた皿を用意してくれた。
「まぁ美味しそう。ありがとう」
そう声を掛けると影子は一瞬動きを止めてからすこしぎこちなく会釈を返してくれた。
キーラは目の前にある一口サイズに焼かれているパイのようなものをそっと摘まみパクリと頬張った
ーんま!美味しいわ!聖域のお食事も美味しいけれど、これはなんだか食べたことのないお味だわ…さっき昼食を食べたばかりなのにこれなら全部食べられてしまいそう!!
未知の美味に食事を断らなくて良かったわと思いながらパクパクとパイだの小粒のキッシュだのを味わっていると「失礼いたしますキーラ様」と入室を求める声が聞こえた。
それからキーラのいた室内に聖騎士グリワムに連れられた銀級の聖騎士が3名入室してきた。どの騎士もビッカビカに美しい。
「聖女キーラ。現在我が国の聖騎士で聖紋のない者はこの3名しかおらず数をご用意出来ずに申し訳ございません。もしもうすこしお時間を頂けるなら銀級以外の聖騎士もこちらにお連れして参りますが如何なさいますか?」
キラキラした銀級の聖騎士の眩しさに目を眇めていたキーラはグリワムの言葉に「え、これ以上発光体が増えたら目が潰れますわ」と心の声をだらしなく漏らした。
「は?」
「あ、いえ。こちらの話しですわほほほグリワム様ありがとう存じます。皆さま素敵な方ばかりでわたくし緊張してしまいましたわ」
聖女らしくほほほとお上品に笑って見せたキーラだったが、傍から見ると魔女が毒リンゴを差し出す笑みと同等であった。
しかしそこは花園内でも最上級と言われる銀級の聖騎士たち。例えどれほど恐ろし気に笑おうとも、ぼろぼろであろうとも、聖域に居住し聖十字のクロスを身につける聖女キーラに対して皆穏やかに、そして親し気に微笑んでみせるのだった。
****
銀級の聖騎士タルスルはその日胸元に差す花で悩んでいた。
今まで自分を囲っていた聖女の聖紋が消えて、また新たな聖女の求愛を受けるつもりでいたので、胸元を飾る花を慎重に選ぶ必要があった。特にその色は重要で、
赤は情熱的にあなたを求めています。
黄色は新しい出会いを
紫は唯一人の貴方を
白はまだだれにも心を預けておりません。
などなどそんな意味があるらしい。こういった遊びや駆け引きが大事なのだとグリワムに言われてここでは気を付けている。が正直面倒だと思わないでもない。
「赤…赤差しときゃまぁいいんだろうけど…昨日の事を思うとなんか面倒なんだよな…つっても紫や白はないし…黄色も嫌味っぽいか?あーーーーー面倒くせぇ!!!」
タルスルは片手でガリガリと頭をかいた。
下町育ちで、美麗で嫋やかな見た目に反して粗野な性格のタルスルはここでの作法?が一事が万事面倒だった。正直帝国内の貴族社会に身を置くより、聖女さまには気を使っているかもしれない。それでもそうしろと言われればそうするだけの能力はあったので聖女に対しては求められる以上の態度で接している。実際今年聖女トティータの求婚を受けていなくなるだろうグリワムの後釜を期待されていることも認識していた。
だがそれでもひとり自室にいるときくらいは地が出るのは許してほしいとばかりに「あー」だの「うー」だの盛大に呻きながらベッドに転がっていた。
「…っといけねそろそろ行かねぇと…」
裏時を告げるイススの鐘が鳴り響く。そうすればほどなくして聖女達が花園に降りて来るのだ。それまでに花園内に待機して聖女らを迎えられるようにしていなければならない。
いや、必ずそうしなければならないわけではない。花園でどう過ごすかは個々の聖女、聖騎士がそれぞれ判断すればいいのだ。あくまで交流を目的とした場所なので花園に行かないというのも許される。ただ聖女はともかく、聖騎士は何のためにここにいるのかと考えれば体調不良以外でそんな選択をする聖騎士はいない。
「はぁ、もう赤でいいや。赤間違いない。赤。情熱募集中。」
タルスルはブツブツ言いながら身だしなみを整え舘内のおかかえ庭師の所に向った。
「赤が無い?!」
「へぇ、聖騎士様申し訳ございません、今朝は生花の入荷が少なく…黄色と紫でしたら庭に咲くミロロアがありますので採ってこれますが赤は人気で、庭にもまだ小さな蕾のものしか……」
そう言いながら庭師が申し訳なさそうに空になった籠を見ながら言った。
「造花の美しいものならご用意させて頂きますが」
「いや、今日は造花はまずいんだ。」
「さようでございますか…」
聖紋が浮かんでいる間ならばすでに聖女の求愛を受けているので造花でも問題はないが聖紋が浮かんでいない状態で造花を胸に差すのは”新しい出会いを求めていない”と思われる。らしい。しらんが。
「まいったな…今日は休むか…?」
正直胸に差す花程度でバカバカしいとは思うが、ここはそういう場所なんだと割り切りタルスルは部屋に引き返した。庭師の男に明日の赤で一番美しいものを取り置いてもらえるよう頼んでおき、部屋に戻ったタルスルはきっちりと着込んでいた騎士服を緩めたのだった。
***
「タルスル。よかった貴様がいて」
騎士の舘でタルスルが昼食をとっていたら、花園から連絡が入り呼び出され、コカソリュンの舘で待っていたグリワムにそう言われた。
「なんだよわざわざ呼び出して」
「ある聖女様がいらっしゃっている。お前にそのお相手を務めてほしい。」
「はぁ」
ー聖女のお相手をグリワムが斡旋??このグリワムが???
「えっと…俺、花ないけど…」
「あぁまぁ構わんだろう」
「はぁ」
普段ならありえないシュチエーションに戸惑いながらタルスルは聖紋の浮いていない他2名の聖騎士と共に、ある部屋に連れてこられた。
「失礼いたしますキーラ様」
そう言うグリワムの声を聞きながらタルスルは扉を開けられた先に目を向けた。
部屋の中央、そこにあるソファに座ってもくもくと食事をしていた一見老婆のようにも見える白髪のボサボサ頭をした聖女がそこにはいたのだった。
反応くださる皆様ありがとうございます!明日からはまた昼一話投稿です。がんばります!




