15 馬はかわいいのですわ
美し過ぎる聖女には美し過ぎる聖騎士がくっついている。トティータの周りには目の潰れるような美男子の林が出来ていて、その横でキーラは死神のような陰影のある顔を引きつらせていた。
「トティータ様、プルエナの白馬は如何ですか?」
「ええ、とても美しいですわね」
花の宮に入る前にトティータらと出会ったキーラは、何故かそのままトティータ達と同行する流れのってしまっていた。気が付けば白馬を前に楽しそうな会話をしているトティータの近くに突っ立っている始末。
ちらりと横を見ると、目が潰れそうなとびきり美貌の聖騎士グリワムが立っている。彼はキーラの視線に気が付くとニコリと笑みをみせてきた。キーラはそれに引き攣った笑みを返し、すぐにぐりんと誰もいない後方を向いた。
ーキツイ!!きついですわ!!
キラキラオーラで人を殺せそうな美貌の聖騎士の側は、キーラにとって飢えた魔獣の横で全裸になり風呂に入るような…訳の分からない殺伐とした羞恥に晒されている気分で、とにかくもう一刻も早く聖域に戻りたいと心の中でむせび泣いていた。
だいたいここにいる4名の聖騎士は長期花園欠席者だったキーラでもわかるほど、多分トップクラス?の聖騎士なのだろうと思えた。皆恐ろしいほど美しく、そして態度が良い。特に今キーラの横にいるグリワムはその中でもまた頭一つ抜けている感じがして居たたまれなさが酷い。とにかく花園に降りてから最初に出会った金級聖騎士のみせたような露骨な蔑みが一切感じられないのだ。
普通ならそれに感激してしまうかもしれないが、今、自分という存在が初見で他者からどう見られるか正しく認識しているキーラは逆だった。
ーこんなに…こんなに内面がうかがい知れないような完璧な態度!知ってますわ!!これは呪いのノートを所持している腹黒美形男性なのですわ!!表で笑って家に帰れば悪魔のノートを書き付けているタイプ!!これならまだ先ほどのお若い聖騎士様のように感情を素直に露わしていただける方の方がわかりやすいんですわ!!交渉の余地がありそうですもの!交渉の余地が!!
露骨に蔑んでくる相手と交渉などしても碌な事にはならないのだが、キーラは混乱していた。ちなみに呪いうんぬんは過去の事情から導き出されている。
もう帰りたい帰りたいとヒンヒン胸の内で涙を流していると、「キーラ様」とトティータから声を掛けられ、キーラはハッと顔を上げた。
「どうされました?怖いお顔。馬はお嫌いですか?」
「え?いえ、嫌いではありませんわ。馬は好きですわ」
「まぁそうですの?」
心では幼子のようにしくしく可愛らしく泣いていたつもりだったが、面に出ている顔は怖かったらしい。キーラはぎこちない笑みを浮かべてトティータの言葉に答えた。ちなみに馬好きは嘘ではない。
「故郷ではよく世話もしておりましたので」
ド田舎の領地では馬に乗ることが出来なければどこにも行けない。その為平民ですら一家に一馬だった。一応腐っても下級貴族だったナジェイラ家では一人一馬だ。キーラも仔馬の頃から世話をした自分の馬を持っていた。
ー豆粒…元気かしら……
思わず愛馬「豆粒」の事を思い出しキーラは心に少し郷愁風を吹かせた。ちなみにキーラの馬は普通の栗毛だったが、右の尻に白く目立つ斑点が一つあったので豆粒と名ずけられた。キーラの名ずけのセンスは低い。
「世話を?まぁ、キーラ様ったら本当に面白いお方」
くすくすと笑うトティータに何が面白かったのかときょとんとしていたキーラだった。
***
グリワムは聖女キーラの様子を見ながら内心でその聖女らしからぬ見た目に目を細めていた。
聖女の見た目はその聖力の高さに比例する。グリワムの体感としても容姿に優れた聖女ほどその聖力は高いように思えた。しかもキーラのその胸元にある聖十字のクロス。そこにはめられている宝珠がまた酷い。他の聖女のものと比べても輝きが格段に弱く、しかも微細だが傷まで入ってしまっているように見えた。
だが
ー何だ?この聖女は…違和感がある。一見、やせこけ艶の無い老婆のような見た目だが、薄っすらと虹色に輝く靄のようなものに包まれているような……聖気に満ちている…?
聖女キーラの見た目から受ける印象とは真逆の感覚にグリワムは戸惑っていた。
ー求愛を受ければはっきりするだろうが……
グリワムはキーラに口づけする事でその力を測る事が出来るだろうと考えたが、聖女トティータの求婚者としての地位を内々に確立している今、露骨に聖女キーラへ求愛のアピールをすることは憚られた。
ーそちらから求められるのが一番だな
聖紋の浮かんでいない聖騎士は基本的にはフリーだ。聖女からアピールされれば求愛を拒むことはない。公にはトティータの聖騎士であると認知されていたが、そのトティータですらグリワムに聖紋を印し続ける事は出来ていない。その為キーラから求愛の口づけを求められれば受ける事は可能だった。
ーさり気なく接触し意識をこちらへ向けさせるか…
グリワムはそう考えながら、トティータと会話しているキーラを眺めた。
「故郷ではよく世話もしておりましたので」
「世話を?まぁ、キーラ様ったら本当に面白いお方」
「トティータ様、よろしければ乗馬なさいませんか?」
その時聖女らの会話を縫ってスカビナが声をかけた。それにトティータは「そうね」とにこやかに応じると一瞬チラリとグリワムを見てから「ジークライト様。一緒に乗って下さる?」と小首を傾げた。
「ええ、もちろんですトティータ様」
常ならばグリワムに強請るだろう仕草をジークライトへ向けられたという事は
ー先ほど聖女キーラに自主的に挨拶をした事が気に障ったか……
失点だとトティータの視線で理解したが、この場はむしろ好都合だとグリワムは眉を下げた。
***
キーラの見ている前でトティータに指名された聖騎士はにこやかに応じると、トティータの前に出て先に馬に乗り上がり馬上からトティータに手を差し出した。だが鐙の位置は高く、手を差し出されようとも乗馬服でもないトティータがそこに足を乗せ乗り上がる事が出来るとはキーラには思えなかった。
キーラはジークライトの行動を見ながら、馬上からではなく下からトティータ様を押し上げたほうがいいのではないかしら?と首を傾げた。しかしその時、聖騎士の手を取ったトティータの体が重力に反するように、ふわりと馬上に引き上げられキーラはとても驚いたのだった。
「まぁ!馬上からそんな風に女性を引き上げられるなんて、ものすごい怪力でいらっしゃるのね!」
見た目はどちらかと言えば女性的な雰囲気でほっそりと(キーラ基準)しているのに意外と鍛えられているのだなと、キーラの中でこの聖騎士の好感度がぐぐっと上がった。筋肉はパワーだ。筋肉は裏切らない。たゆまぬ地道な努力によって身につく力。
ーその地道さ!わたくし大好きですわ!
だがおもわずそう言ったキーラに周りは微妙な視線を向けた。
「…怪力」
「キーラ様。彼は魔力を使ってトティータ様を引き上げたのですよ。」
キーラの横にいたグリワムが説明してくるのにキーラは「そうですの?」と気の抜けた返事を返した。
ー魔法…?筋肉ではありませんのね?あら、いえ、魔法だって鍛えられた技の一つ。あなどれませんわ。
ふんふんと感心しなおしていると、グリワムがキーラへ半身を向け腕が触れるか触れないかの微妙な近さで「キーラ様も体感されてみますか?」とそっと囁いてきた。
***
グリワムは自分がどう振る舞えば相手がどう動くか感覚で理解していた。魅了の魔法を行使しているなどと嬉しくも無い言いがかりで少年期魔法省の検査を受けた事まである。だが誰かれなく好意を抱かれる事は正直不快でしかなく、魔法省の検査以降はなるべく気配を消すように生きていたのだが、ここでは誘蛾灯のように聖女を引き付ける必要があった。
そうしようとしなくとも人を引き付けていたグリワムにとって、意識的に相手から…特に女性の好意を引きよせるのは造作も無い事だった。はずだった。
実際キーラはグリワムを見て息をのむ様な顔をしてみせた。
『えぇ』と頬を染め手を差し出してくる。それににこやかに応じてみせると聖女は必ず自分の手の甲を確認する。そこに誰の聖紋も浮かんでいないと分かると求愛を仕掛けてくる…と、今までの経験にグリワムが目を細めているとキーラは「あぁ!」と突然大きな声を上げた。
全員が何事かとキーラに注目してくるが、キーラ自身はそれを気にするでもなくそそそと忙しなく辺りを見回した。
「わたくしとしたことが!もう昼は終わっておりますわよね!もう祈りの間へ戻りますわ!えっと、トティータ様…は戻られません、わよね?」
「え?えぇ…??」
トティータや周りの聖騎士、そしてグリワムも「もどる…?」とキーラの言葉をどう飲み込むべきかと目を丸くしていると、「ですわよね!では、みなさまごきげんよう。今日はご一緒させて頂けて楽しかったですわ。」
と、そう一息でキーラは言うと膝を折って退出の礼をして見せた。そうして一人そのまませわしなくもと来た道へと向かってそそそと駆けだしたのだった。
「…は?」
グリワムはキーラの手を取るつもりで差し出した指先を宙に浮かせて、キーラの消えて行った先へ、らしからぬ間の抜けた声をこぼしたのだった。




