12 もんもんしますわ
ー困りましたわ……
キーラは祈りの間で聖水を生成しながら脱聖女になる為の方法を模索していた。だが一向に良い考えが浮かぶでも無く、もんもんと一人聖水を作り続けていた。
イススの2の鐘(午後3時)もとっくに鳴り響き、あの騒動以降さらに聖水の生成数が減ってしまった聖女達の穴埋めを無心で行っているキーラは、勿論、今ここに一人でいたのだった。
ーあの時、あの場で教皇様方に『もう聖女はめさせていただきますわ!!』とか言ってしまえばよかったかしら……こうスパーンと。ノリと、勢いで。
先日の面談を思い出してキーラはムムっと眉を寄せる。そう言ってやればあの偉そうな教皇達も少しは驚いた顔をみせるかと想像すれば面白そうではあったが、すでに終わった事だ。退職出来るかどうかもわからないのにもう一度あの場に行ってあの教皇達と話をするのはキーラはごめんだった。
ーそうなるとやっぱり結婚?それしかありませんのかしら…?…花園に行って、聖騎士様とご面談を……
そこまで考えて、気が重いとキーラは暗い顔をしつつ聖水の詰まった瓶をケースに入れ新たな空瓶を手にした。
ーだいたいご面談とかいいましても…このわたくしと?聖騎士様が?
キーラだって聖域に来たばかりの頃は花園に降りた事があった。あの時は先輩聖女様たちの後ろにただ付いて行っていればよかった。先輩聖女たちが花園に降りたつと、キラキラと発光している様な聖騎士が現れ、お茶だ、菓子だと、もてなしてくれて、気が付けばキーラの横にも美々しい聖騎士が座り「貴方様のお名前を教えていただけませんか?」とか何とかいいながら甘い仕草で……
「ん゛ッう゛んッ!!無理!!」
キーラは鼻の頭に皺を作りながら勢いよく机に突っ伏した。
基本スペックが田舎の下級貴族の娘。とはいえ美しい男性に免疫が無いわけではなかった。キーラの身内は皆そこそこの容姿を持っていた。だが、男と言えば『たくましさ!』『魔獣を狩って一人前!』の、逞しくも暑苦しく肉々しさ溢れる異性を幼いころから見慣れていた為、聖騎士のように無駄に華美なのはともかく、甘々しい空気を纏って跪いてくるような異性は今一受け付けないのだ。
ーいえ、美しいとは思いますのよ、でも、その、結婚相手というのは……ちょっと…あれはなんというか…遠くから眺めて楽しむ?とか??
若干失礼な事を考えながらキーラは眉を寄せる。
ーそれにあの頃はまだわたくしも聖女らしい見た目?というものが少しはございましたわ……でも今ではすっかり聖力奪いの魔女なんて呼ばれて…
同室聖女のコーラに言われるまでも無く、自分の見た目がかなりひどい状態である事をしっかりと自覚しているキーラは、こんな聖女がいまさら花園に行ったところで聖騎士に相手にされるなどとはとても思えなかった。
ーそれでも行かなくては聖騎士様と出会う事も出来ませものね…。聖騎士との結婚しか許されないこの腐れ聖女迷宮。なんてポイズン。いえ、とにかくわたくしがどんな見た目であろうとも聖女であるという一点には嘘偽りがないのですから、なんとかそこをアピール?しつつ偽装結婚的な感じで?お金とかお渡しして?わたくしと契約。とか?して……頂ける方がいらっしゃればいいんですけれど……
徐々に決意のテンションが落ちていくのを自覚しながら、はぁ…とため息をついてキーラは聖水瓶の詰まったケースを持ち上げると転送陣によいっしょと置く。すぐにケースは淡く光って消え、新たな空瓶の詰まったケースが現れる。
「…これで510本でしたかしら?」
1ケース30本入りを午後に9ケース入れたので午前中の分と合わせれば合計510本。頭の中で自分の生成した数を計算しながら、ほかの聖女達が生成していた本数を確認しようと、キーラは転送の魔法陣に触れた。そうすると自分以外の聖力で作られた聖水がいくつこの魔法陣にふれたかが感知できる。ちなみにこの技術は必要に迫られて編み出されたキーラの悲しい管理術である。
「えっと、はちじゅぅ…ろ…86本……」
本日もすっくないですわーーーーーー!!
その数を確認してキーラは声を上げそうになったが、いや、それでも一昨日よりは2本も多いですわ!と自分を鼓舞した。
「残りは84本」
ー大丈夫100本以下ですもの、アンジェの3の鐘までには終わりますわね。
よしっと気合を入れて聖水作りに打ち込むキーラはその時ハッと重大な事実に気が付いた。
「お待ちになって!わたくし、こんな一日中聖水作りをしていて、いったいいつ花園に行って聖騎士様と面談すればよろしいんですの?!!!」
キーラの叫びは祈りの間に盛大に響き渡ったが、その叫びを聞くものは当然キーラ以外誰もいなかった。
***
ー冷静に考えると問題が山積みですわ!!
部屋に戻り、キーラは寝台に寝転がって頭を抱えた。
ーもう聖女を辞める。これを遂行するのがこれほど難しい事だったなんて……漫然と思っている時には分かりませんでしたわ。
不本意ながら、非常に不本意ながら、聖騎士との結婚による聖女引退を考えたキーラだったが、そこに向うにあたりキーラが越えるべき高い壁がいくつかある事が知れてしまった。だがとりあえずまずは花園に降りる為の時間の捻出だとキーラは考えた。
ーそう。今の調子で聖水生成をしていたら花園へ降りる時間なんてありませんもの!とはいえ、聖水生成の数を減らして時間を捻出するというのはなんだか……負けた気がいたしますわ!
キーラは目つきを鋭く光らせながら、なんとか今の生成数を落とさずに時間を捻出できないか、どこかの経営者のような顔で低く唸った。
だが今のキーラの聖水生成数を維持する為には、祈りの間に籠る時間は減らせない。ぬぬぬとキーラは眉間に皺を寄せて考える。
ーそうですわ!祈りの間の時間を減らさずともよくありませんこと?!だって花園に降りてわたくしがする事といえば聖騎士様との面談!それだけですもの。なにも長時間花園にいる必要はありませんわよね?ちょっと行ってさっと聖騎士様と面通しさせて頂いて、すぐに戻ってこれば良いのではないかしら?とりあえず。
これなら昼の昼食時間を半分にすればなんとか可能だろうとキーラは目を輝かせた。
ーそうですわ!さらに面談時間を減らせるようにわたくしの紹介カードなどを作ってお渡しするのはどうかしら?
一度とっかっかりが出来れば芋ずる式にアイデアが浮かんできてキーラは起き上がった。そのままウキウキと自分の机に向かい紙とペンを取り出す。
「えっと、名前と年、簡単な自己紹介は必要ですわよね?あとは…どういった聖騎士様を求めているか……あら?ちょっと自分の主張ばかりで傲慢かしら?」
契約結婚希望とはいえ求めるばかりではさすがによろしくないかとキーラは首を捻った。なにか相手にとって利益になることも示せなければ契約は成り立たないだろう。
「うーん…わたくしがお相手の聖騎士様に示せる利点…」
ー見た目…はだめですわね。というか見た目は現在最悪なので、そもそもそこで避けられる可能性が高いですわ。ならば聖力の強さ。正直これくらいしかわたくしにはアピール出来るポイントがありませんわ。
「わたくしはこう見えて聖力が大変強く……」
そこまで紙に書いて、キーラは冷静になった。
ーなんですのこれ。ばかみたいですわ。
半眼になって自分の書いたものを眺めると、すぐぐしゃぐしゃにして屑籠に放り込んだ。
口で聖力が強いとか弱いとかアピールする聖女がいるだろうか?いやいない。聖女の持つ聖力は個人差がある事は知られているが、それがどれだけのものか測る術もないし測られたこともない。あえていうなら聖十字のクロスについている白珠の光り方に個人差があるのでそれで差別化できるかもしれないが、白珠は聖女の力を循環させる補助装置のようなものなのでキーラから見れば正直誤差の範囲でしかない。
ーま、まぁここでわたくしの可哀想な傷物白珠さんの輝きには触れないで頂きたいのですわ。えぇ…
そう思いながら自分の聖十字のクロスに視線を落とした。
ー今日もとっても控えめなくすみブルー
この憐れな白珠を若干聖女らに馬鹿されていることもキーラは知っているが、ヒビを入れてしまった自分が悪いのでそこは恥じ入るばかり。
とにかく多分聖女ら自身も自分の聖力が周りと比べてどの程度のものか正確に理解出来てはいないだろう。
ただ、キーラはこの8年間、誰よりも多く聖水を作り続け、そして今いる聖女全員の聖水生成数を知っているから周りと比べて自分の聖力がどれくらいかを知っているだけだ。
ーというか、わたくしのアピールポイントが聖力しかないのであれなんですけれど、そもそも聖騎士の方にとって聖女の聖力って魅力的なものなのかしら?
キーラが子供の頃読んだ聖女と聖騎士の話では、聖女の暮らす場所で運命的に出会った二人が恋におちて結ばれるという、よくある甘やかなものだった。キーラが今考えているような、利点追求型カップルのお話は当然どこにも無かった。
『わたくしの聖力は53万です』
『なんと素晴らしい!結婚しよう!』
力を見せつける聖女とそれに平伏しながら求婚する聖騎士の図を想像して、強い魔獣に目を輝かせて突っ込んで行く兄や父の姿が重なり、流石にこれは違うだろうとキーラはがっくりと肩を落としたのだった。




