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11 グリワム



聖騎士グリワム=オーダナイブは、コカソリュン帝国の聖騎士が仮住まいとしている屋敷内にある書斎で、皇帝陛下へ提出する報告書を作成し終えると側に控えていた自国の騎士にそれを手渡した。


グリワムら聖騎士は花園に出入りする事を許されているが、そこはあくまでも聖女らと交流する場で、彼らの居住場所は聖教会に隣接する場に別に設けられていた。


「オーダナイブ公、聖域からの報告書が届きました」


書類を手に部屋からでた騎士と入れ替わりに、他の騎士が入室しそう報告するとグリワムは「見せろ」と片手を出した。


半年前、様々な手を使い聖域内へと送り込むことに成功した間者からの報告書は何を置いても確認するようにしていた。グリワムは報告に目を通し、そうして考え込むような仕草で軽く頬杖をつく。


報告書の中身はある聖女についての物で、それはグリワムの進めている計画において最近懸念事項として注視しているものだった。


「グリワム、そろそろ出るか?」


その時亜麻色の髪に水色の眼の甘い顔立ちの騎士がノックもせずに入室してきた。グリワムの横に控えていた騎士はその無作法に僅かに目を潜めたが、とうのグリワムは別の意味で眉根を寄せた。


「タルスル。なんだその香りは。落としてこい」


強いバラの香りが部屋中に広がっていく。タルスルと呼ばれた騎士はグリワムに言われ「そうか?」と自分の周りの空気をクンクンと嗅いだ。


「…だいたい何故ローズアブソリュートなんだ、せめてオットーにしろ」


その仕草を半眼になって見つめて言ったグリワムに「何を言っているのかわからん、香水などどれでも同じだろ。聖女様方が引き付けられればそれでいい」とタルスルはフッと笑みを作り、長めの前髪をかき上げて見せた。その仕草は堂に入っていて多くの女性を引き付けてきた実績を感じさせたが、グリワムは立ち上がるとチーフを取り出し、タルスルの首元をガシガシと乱暴に拭った。


「いたた!ちょ、おい!!」

「臭い。お前は馬鹿か。ローズを選ぶ神経も大概だが香水の付け方もしらんのか」


そう言うとスッと空気が動きタルスルの纏っていた香りが掻き消える。


「貴様にはオレウムのキャロットダコール辺りが無難だ。ローズは甘すぎる。手配しておいてやるから今持っているものは処分しろ」

「うげ、高かったのに!」


タルスルは中性的な美貌を歪めて舌を出した。彼は下町で育った貴族の庶子で、その美貌と魔力の高さで今年聖騎士に選ばれた。本来オーダナイブ家という大貴族家出身のグリワムとこのように気安い会話をすることなど出来ない身分のはずであったが、彼等は諸事情により幼馴染という間柄でもあった。


「お前何使ってんの?」


その時タルスルがグリワムの首筋の香りに気が付いて顔を近づけると、グリワムは嫌そうに身を反らした。


「何だよ教えろよ」

「俺と同じ香りにするつもりか?気色悪い」

「んだよ、どうせ担当聖女様はかぶってねーんだから問題ないだろ?何だよトティータ様御用達か?」


そう言いながらにんまりとタルスルは目を細めた。その顔にいっそう嫌そうな表情を作ったグリワムにも構わず「未だにお前が聖女様方に侍ってる姿を見るのが面白くって」とタルスルはクククと笑った。


「あの冷酷美貌のオーダナイブ家のグリアム様が膝を折って聖女様に笑いかけているって、国の御令嬢方に見せてやりたいとっ、うを!!」


にまにまとするタルスルの襟元を乱暴に掴み上げると、狼狽えたその顔を見てわずかに溜飲をさげたグリワムは「皇帝陛下のご命令だ」と言い、乱したタルスルの襟元を殊更丁寧に整えてやった。


「品のない喋り方をするな。思わぬところで地が出るぞ」


そう言ってグリワムがトンッとタルスルの胸元を押し出してやると、すっと姿勢を正すタルスルがいた。


「失礼いたしました閣下。」


先ほどまでとは全く違う態度と柔和な笑みを作って騎士の礼をグリワムに取って見せるタルスルに、グリワムの横に控えていた騎士はその変わり身の早さに面食らっていたが、グリワムは「よろしい」と頷き「では行くか」とタルスルと連れ立つようにして花園へと向かった。



***



その日屋敷に戻ったグリワムは今朝届いた聖域からの報告書に再び目を通していた。


聖女キーラ

聖域にいながら、なぜか花園には降りて来ることのない68番目の聖女。


アルミア教国においてその存在は確認されているが、情報の一切出ない大聖女。その大聖女がそろそろ代替わりをするのではないかと自国での調査が上がり、その大聖女が代替わりするにあたって、新しい大聖女の伴侶となり秘密のベールに隠された内側への潜入を主目的としてコカソリュン帝国から聖騎士として派遣されたグリワムが、その存在を知ったのはここにきて一年程した昨年の秋頃だった。


聖教会では、聖水に関わる事柄は殆どが非公開とされている。それは聖女についてもまた同じだった。今現在聖域に何人の聖女が暮らしているのか。そういった情報ですら花園に入る事の出来る聖騎士の目視によって国に齎されていた。


聖女の名前、年齢、出身、容姿、そして聖力の強さ。


聖力の強さは主に聖女のみが装着している聖十字のクロス。その中心に嵌められている白珠の輝きによってある程度判別できると言われている。だが実際その輝きにはどの聖女にもそれほど大きな違いは見られない為、聖騎士は求愛の口づけで直接聖女の聖力を内に取り込み自身の魔力と反応させてその強さを測る。それは聖騎士個々人の感覚にもよるが、銀級としてある程度の人数を派遣出来ているコカソリュン帝国の聖騎士がまとめたものは信用度が高かった。


そうした資料に漏れた聖女がいると気付いてグリワムは非常に驚いた。


ー花園に降りてこない聖女がいるのか


聖域にいる聖女は、元をたどればその多くが平民や下級貴族出身の少女であることは流石にどの国でも知られている。ほとんど贅沢を知らずにここにやって来ただろう聖女達を夢中にさせるのは聖騎士らにとって容易い事だった。とくに近年は花園で長く過す聖女が殆どだっただけに、そこにいない者がいるなどとは思ってもいなかった。


それからそれとなくその者の話を集め、その聖女が下級貴族出身のキーラ=ナジェイラだと知れたが、驚く事にその年齢は23歳なのだという。グリワムはその話しにいくらなんでもそれはないだろうと思いはしたがどうも事実らしい。


聖女が聖水を生成できるのは25歳まで。とはいえその力は20歳から段階的に衰えてしまう。それゆえに聖教会は聖女を放出する事を良しとし各国に恩を売っている。力が弱まっていくとはいえなるべく多く聖水を確保したい国々はやっきになってそんな聖女を自国に取り込もうとしていた。


ーそこから漏れた聖女……いったいどんな理由があって花園に降りることもなく20歳を過ぎても聖域に留まっているというのか……


本来であれば23歳の聖女などその存在を検討するに値しないと思う聖騎士も多くいるだろうが、グリワムは今聖域にいる全ての聖女の聖力を確認しておきたいと思っていた。


大聖女を探りこの教国の内側に入り込む事が第一の目的であったため、その第一候補と言われているトティータ=シュールベルトに近づいているが、その聖女こそが次期大聖女ではないという証明はされていない。そのためなにも確認せずに情報だけで切り捨てていいものではないとグリワムは聖域内に帝国の間者を潜入させることにしたのだった。


**


かつて

聖水を多く作る事の出来る20歳以下の聖女を強引に手に入れようとした国があった。


まずその者らは3歳になって聖女と認定されたアルミア教国の平民の子供をあちこちで浚い、国に連れ帰った。だが、その少女らはいくつになっても、…そう15歳を過ぎても聖水を作ることは出来なかったのだという。


それなら聖域に入ったばかりの聖女らを攫ってしまおうと考えた国があった。

ところが、その聖女らも聖域から連れ出すと聖水を作ることは出来なくなったのだ。


つまり、聖女が聖水を作るには聖域である程度聖水を作る時間が必要だという事なのだろう。それが15歳から20歳までの5年間なのか、それともそれより短い時間なのかは分からないが、その後それらの国が起こした暴挙の後を追うものはいなかった。


なぜなら、それを行った人物、関係者はすべて例外なく変死を遂げ、あまつさえそれを指示した国はあっという間に滅び、地図から消え去ったのだという。


それは聖女の呪いとも呼ばれ、そんな経緯から聖アルミア教国の市井にいる聖女の卵を浚おうとする者も、聖域に侵入して聖女と接触を試みる者すらも今はいなくなった。


聖騎士制度が認められている今、その特権を持つ13国は特にそんな危険を冒す必要も無い。


それでもグリワムは聖域に間者を入れ、聖女キーラの情報を集めたのだった。



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