10 トマ教皇
ー聖水が一日で300本以上だと…!?
聖アルミア教国、聖教会教皇のマクガイ=アロ=トマは祈りの間で聖女らが倒れ、発端となった聖女の審問を行った際聞いた話の裏を取り、内心で目をひん剥いた。
聖女の作り出す聖水。それは黄金よりも価値のあるもの。トマ教皇にとって…いやすべての権力者にとってそれは力そのものと言ってもよかった。
毎日聖女らが生成する聖水は大聖女が直轄する部署、聖人部というものが管理しており、そこから決められた数が国とこの聖教会、そして他国へと納められている。
聖教会へ納められたものは大教皇が管理し、そのうちのいくつかがトマ達教皇個人の懐に入る。
しかしその数は月に1、2本。たったそれだけだった。
それでも各国へ渡されている数を考えれば、教皇とはいえ個人へ渡されている数としては破格に多いのだが、トマ教皇は不満だった。
ーもっともっと聖水が欲しい。聖水があればこの世の欲はなんでも満たすことができるのだ。金、地位、名誉、健康、若さ、そして永遠の命ですら叶う。
実際トマ教皇は今年75歳。でっぷりと脂肪を蓄えた見た目だがそれでも何も知らない者が彼を見ればせいぜい40代だと思うだろう。これでも教皇の中では若いほうで、大教皇などは200歳を超えているなどと教皇たちの間ではひそかに囁かれているのだから。
この大陸の人間の平均寿命は60歳前後。そんな中衰えを見せることのない教皇らはこれもすべて信仰の賜物であるなどと教会では説いているが、なんのことはない支給される聖水のおかげだ。仮に与えられるそれを毎回飲み干せば…若返るとまでは流石にないが、どれだけ不摂生をしようが飲み始めたままの姿を維持できるのはわかっている。
だがそれをすべて飲みきる教皇などいない。黄金より価値あるそれはいくらでも使い道があるのだから。
なによりこの大陸は貧しい。やせた土地が多く辺境では不毛の大地が続くところもざらなのだ。緑深い場所もあるがそういう地は魔物が跋扈する危険な場所だ。
だがそこに聖水をたらせば人の住める場所へと浄化されるのだという。聖水を注げば注ぐだけ土地は清められ作物が実る豊かな大地へと変わる。万病に効く霊薬としてよりもむしろ国々はそういう使い方をしている。そうしてそれゆえに貧しい国は必死になって聖水を求めているのだ。
だがそういった国が我が国に掛け合い、教会にひざを折り、なんとか聖水を譲ってほしいと従属すら厭わず地に額をこすりつけたとしても、割り当てが決められているとたいていは取り合われない。
そこで教皇個人の持つ聖水がものをいうのだ。やつらはたった1本の聖水になんでも差し出す。そうして6人の教皇はいまやそれぞれが辺境諸国の王と同じ。いやそれ以上の存在だといっても過言ではなかった。
だがそれでも自国である聖アリミア教国と、聖騎士制度を受ける13国は別だった。個人的に融通してほしいと取引を持ち掛けてくる貴族こそは多くいるが、その国そのものを揺るがす事はできない。いくら個人で月1、2本、年数十本得ているそのすべてを差し出したとしても、序列最下位のシトリマ王国すら意のままに動かすほどではないだろう。
ー歯がゆいことだ
教皇トマはもっともっと聖水を手に入れたかった。だが聖水を管理している聖人部には教皇ですら立ち入ることはできない。そしてそれを統括している大聖女にも目通り出来るのは大教皇だけ。であれば直接聖女とつなぎをつけるなどすればいいと安易に考えた教皇がかつていたらしいが、聖女と個人的に聖水の取引をしようと接触した者はなぜかみな数日のうちに命を落とすのだという。
それが嘘か本当か実際のところはわからないが、トマが教皇に選任されたのは、前任の教皇が自分の手の者を使って聖女と個人的に聖水の取引を画策し、その結果その教皇と手の者合わせて十数人が原因不明の発作で亡くなくなったからだと聞いている。
『足るを知れということだ』
自分の父親はそう言いながら大教皇の補佐で一生を終えた。このアリミア聖教会で大教皇の次に位置する教皇にまで上り詰め、毎月聖水を手に入れることができる立場は確かに十分なものではある。危険を冒す事などないと自分を抑えていたが、そんな聖水が300本以上。しかも1日でそれだけの数が生成されたのだと知ってしまうとトマの内側にじわりと欲の塊が顔をもたげて起き上がろうとするのを感じるのだった。
ーそれが本当なら自分たちへ渡される聖水の数は一体何なのだ?月に1本?1日に数百本も作られるのなら一日1本…いや毎日10本得ても多くはないではないか?!
「これは協議する必要があるな」
トマはぶくぶくと肉のついた顎を撫でながらほくそ笑んだ。
***
「それで?どうしようというのだ?トマ教皇」
トマ教皇の私室として与えられている教会内の豪華な応接室でカルビラ教皇は神経質そうに指を組んだ。
現在ここには6人の教皇の内の3人、カルビラ教皇とナトムア教皇。そしてトマ教皇が集まっていた。彼らは6人いる教皇のなかでも若い部類にまとめられている。とはいってもそれぞれ教皇となってから30年以上がたち年も皆75歳を超えている。
「聖女と接触して聖域の呪いにかかるのは私はごめんだ。欲をかくとろくなことがない」
ナトムア教皇はフンっと鼻を鳴らしながら出されていたワインを喉に流し込むと「ん?うまいな。ピレーオ種か?」とグラスを眺めた。
「結局今回の騒動で聖水の数が外部に漏れたのはどうも聖女らが騒いだせいらしいじゃないか。1人何本作ったとかどうとかの話をネタにしてお気に入りの聖騎士と盛り上がるスパイスにしたというなんともばかばかしい話しだ。」
「まぁそうなんだが、あの聖騎士どもが聖女の寝物語をまともに取り合ったというのもおかしな話だと思わんか?そもそも大教皇が今回の流出について意見してきたということはあの数が真実だということだろう」
トマ教皇がそう2人に問えば「それはそうだろうが」とカルビラ教皇は組んだ指を開いたり閉じたりした。
「1日300本の聖水だぞ?貴様らはなんとも思わんのか?大教皇や国がいくら手にしているのか知らんがいくらなんでも桁が違うだろう?自分の一年の取り分の数倍の数の聖水が一日で作られたんだぞ」
「それで?だからどうなんだ?その300本を手に入れようとでも?どうやって?」
トマ教皇が興奮して唾を飛ばすもカルビラ教皇は先を促すだけだった。それに若干いらだちを覚えたがトマ教皇は咳ばらいをして仕切りなおした。
「聖人部だ。いいか?我々が聖女にかかわるのがまずいのはわかっている。だが聖人部ならどうだ?聖女どもの作った聖水が一括して集められ管理されているというじゃないか。1日300本とはいわんがそれなりの数がそこには積み上げられているはずだろう?どうだ?」
「どうだとはどういうことだ?まさか聖人部に乗り込んで聖水を出せと命じるつもりか?あそこは大聖女の管轄だ。そもそも聖域地下にあると聞くが具体的な事は何もわからん。しかも聖女に直接手を出す事すら危ないというのに大聖女の領域を冒すようなまねを……」
「いや待て待て、今回の聖水数300本の情報が結局コカソリュンの犬どもから裏どりされているんだ。つまりこれをどう思う?不可侵とされている内部に入り込む隙が出来ているとは思わんか?」
「なるほど…確かなのか?」
「それ以外考えられんだろう?他国の犬にできるのなら我らに出来ぬ道理がないだろう」
そういうとトマ教皇はすこし周りを気にするようなそぶりを見せてから「実は面白いものを手に入れていてな……」と二人にだけ聞かせるように声を潜めたのだった。
ブクマ、リアクションありがとうございます!




