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陛下と会話したことにより、さらに貴族たちの視線が刺さるようになり、会場にいるのが居た堪れずバルコニーに出た。夜風がドレスの裾を静かに揺らした。深く息を吸い込み、そっと瞼を閉じた。
「今のは一体?」
陛下の言葉が胸の奥に残っている。
「仮面」という一言が、冷たい水のように心を刺した。
そんなときだった。
「まあ、クラリス様。こんなところにいらしたんですね」
柔らかな声が、背後から聞こえる。振り向くと、淡いローズピンクのドレスを纏った少女が立っていた。
茶色の髪に優しげな微笑み、けれどその瞳の奥はどこか計算され尽くしている。
エミリア・セレスタ。下級貴族出身、聖女として宮廷に呼ばれ、社交界で人気を集める女性だった。
「陛下が探していましたわ。今夜の主役はクラリス様ですね」
「私が主役? まさか陛下がお探しだからといって……面白がっているのでしょうか」
この場合は陛下ではなく、エミリア様を含めた貴族たちが面白がっている。が正しいのだけど。
「まあ、皆さん誤解をしているだけですわ。それに陛下は公平なお方ですし、過去のことなど気になさらない方です」
一見優しく感じる言葉だけど、敢えて過去のことなど気にしない。と口にするところが彼女らしい。
エミリア様が私を、冷淡・傲慢だと噂を広めているのを知っている。そしてそれを忘れてあげようと、フリをする。そのやり方が私にとっては厄介だ。
「ありがとう、エミリア様。お気遣い痛み入ります」
厄介な相手だからこそ、皮肉にならない程度に微笑み返すと、エミリア様はそのまま一歩近づいてきた。
「でも、お気をつけになって。陛下に近づくのはあなたにとってには荷が重いかもしれませんよ」
「それはどういった意味でしょうか? 聞いてもよろしいですか?」
一瞬、空気が凍ったように感じた。けれどエミリア様はまた柔らかく笑って見せた。
「ふふ。冗談ですわ。ではまた後ほど」
ふわりとドレスの裾を翻し、彼女は去っていった。夜風だけが残り、静かな怒りと警戒が芽生えた。
彼女もまた、笑顔という仮面を武器に敵意を隠している。それならば私も仮面を脱がずに向き合えばいい。