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舞踏会会場の扉が開くと、あたりに煌びやかな音楽と香水の香りが流れ込んだ。
クラリスは背筋を伸ばし、一歩、また一歩と会場に足を踏み入れる。
すると、周囲の視線が一気に集まるのを肌で感じた。
「……あれがローゼンベルク侯爵家のクラリス嬢よ」
「婚約破棄をされたのに、よく恥ずかしげもなく出てこれたわね」
ヒソヒソした声が漏れ聞こえる。いつものことだ。どうぞ好きに言えばいいわ。と思って前を向いていた。するとそのとき、空気が変わった。
会場の奥、王座の間から金色の衣を纏った人物が現れたから。
「陛下だわ!」
会場がざわめく中、顔をそちらに向けた。
王・レオンハルト。
銀の瞳に冷静を湛えた若き王。一瞬目があったかと思い、会釈をしようとしたときだった。なぜ、こちらを?と思う間もなく。
「クラリス嬢──」
低く静かな声が届いた。
まさか自分の名前を呼ばれると思わなかった。
周囲の貴族たちが息を呑む中、王は目の前まで歩いてきた。
「お招きに預かり光栄です、陛下。本日はローゼンベルク家の名代として参りました」
形式的な礼を述べた。
「仮面は、ずっとそのままか?」
「……?」
一瞬のことで意味がわからないでいた。だが次の瞬間、自分の顔が完璧に整えられた舞踏会用の微笑みだったことに気が付く。もしかして、あの時に言われた誤解を受けやすい顔のこと?
かすかな動揺が走った。陛下の前で失礼にあたっているのかしら。それを悟られまいと丁寧に答えた。
「舞踏会にふさわしい顔……でございます」
そう答えると陛下は微かに目を細めた。なんとなくだけど理解した。と言わんばかりに。
「いろんな仮面を持っている。その場にふさわしい仮面を選べるということだな」
そう言い残すと、陛下はそのまま他の貴族たちの方へと向かっていった。
それは誰かと話すため、誰かを見定めるため、これと言った理由はないけれどそういうふうに思えた。
陛下と話をした後は、胸の奥にある小さな火種のようなものに熱が灯った。
たった一言、二言の短い会話だったけど、陛下は私の仮面の奥を見ようとしたのではないか。と。
……まさかね。