12
「……王命ですか?」
戸惑う気持ちが表に出ないように静かに言った。
宰相自ら渡された文章には、陛下の印が押されている。
「詳細は陛下から直接お話があるそうです。どうかお心構えだけは」
そう言って宰相は一礼をして下がっていった。
書面には短くこう書かれていた。
『近日中に王宮へ。話したいことがあります』
その日は少し心がそわそわしていた。そして唇をギュッと結んだ。部屋に入ってきたリディアに声をかけられた。
「ご覚悟は?」
「仕方ないでしょう? お願いというか王命である限り」
「そうですか? 私には陛下の好意にも見えたんですけど」
「失礼よ。あの方は冷静な人、感情よりも仕事、いえ、国を選ぶ方よ」
書面を閉じてスッと立ち上がる。
「国のために身を尽くすのは、貴族として生まれ育った当然の義務」
「……あらら。それで本音は?」
「本音とは?」
言っている意味がわからない、それでもリディアは笑っていた。
「子どもの頃、異国の言葉を嬉しそうに話をしていたのを私は覚えています」
その言葉で少し仮面にヒビが入ったような気がした。
王宮への道は、春らしい陽を受けて穏やかだった。先日まで降り続いていた大雨はどこへやら……
「緊張していますか?」
リディアに言われ
「少しだけ」
と答える。
「クラリス様が緊張しているだなんていうからびっくりして返事が遅れてしまいました」
「またそんなことを言って……」
こんなに緊張しているのは久しぶりの感覚だった。先日陛下に呼び出された時よりもずっと……
「私は嬉しいですよ。昔のクラリス様が戻ってきているようで」
リディアの軽口が緊張した心を少し軽くしてくれた。窓の外を見ると城門が近づいてきた。かつて、自分の家名の誇りと義務で通っていた場所。もう一度、そこに立ち入る理由が与えられた。
逃げてはいけない。王命と言いつつ、私が選択したのだから。今日から私は使節団が帰国するまでの間、王宮に滞在することとなった。