11 思い出す
クラリスを残して部屋をあとにした。
静かにため息をつき、彼女にサインしてもらった誓約書に目を落とした。
話をしてみて分かった。まさに王宮の顔として完璧だ。
昔の君を知っていなければ、彼女に頼むこともなかっただろう。
窓の外に視線をやりながら、目を細めた。
まだ少年だったころ、両親に連れられた王宮の晩餐会。その席に、一人背を伸ばし流暢に外国語を話す少女がいた。
年齢は自分とさほど変わらないが、この年頃の女の子は男に比べると大人びているから年齢は下だろう。
それなのに彼女は堂々と大人の貴族たちと会話を楽しんでいた。
言葉遣いも、所作も、大人顔負けの完璧さ。
だがそれよりも記憶に残るのは、外交の席で誰よりも気が利き、目を輝かせながら周囲を観察していた彼女の姿。
自信に満ちて、誇り高く、まっすぐだった。
その姿が羨ましくて、まぶしくて少し悔しかった。
クラリス・フォン・ローゼンベルク。あのときから君は完成されていた。
母は言った。レオンもクラリス嬢のように誇り高くいなさいね。
その言葉がプレッシャーに感じながらも、彼女に抱く気持ちは尊敬だった。
仮面のように整った無表情。冷静すぎる口調。今の彼女にあのときのような無邪気な笑顔は影も形もない。
いつからだろうな……
両親がなくなり王太子となった。
政に明け暮れていた自分の傍らで彼女もまた自分を守るために仮面をつくりあげてきたのだろうか。
「仮面の奥の君にまた会いたい」
かつて彼女は婚約者候補として名前が挙がった。
それは国の為の婚姻だった。あの時は多忙で婚姻など考えられなかったし、望んでいい相手ではなかった。
しかし、今再び彼女が目の間に現れた。
完璧な仮面をかぶり、周囲から誤解をされてもなお、凛と立ち続ける横顔。
もし私に何かできることがあるのなら、それは王としてではなく、ただ一人の男としての願い。あの頃の笑顔がもう一度見たい。