味噌汁とクッキー
実家に帰った。片道4700円もする高速バスに3時間乗って。
家に帰ると猫が玄関まで迎えに来てくれた。小学4年生の時に、拾った野良猫。うちに来てもう10年目になる。名前はクッキー。茶色と白色の毛並みから、クッキー。
クッキーと一緒にリビングに行くと、台所から母が「おかえり」と言ってくれた。「ただいま」と返し、重たいリュックを置いてソファに腰掛ける。テレビを見ながら、久しぶりに触るクッキーの毛並みを何度も撫ででいると、母が「夜ご飯できたよ」と言って、夕食をテーブルに並べ始める。
今日の夕食は、炊き立ての茶碗一杯に盛られた白ご飯、湯気を立ていてる具材いっぱいの味噌汁、そして鯖の味噌煮と大根の煮物。母の作る豚バラとほうれん草、油揚げ、大根が入った味噌汁は本当においしくて、白米がすぐになくなってしまう。自分で作ったことは何度かあるが、なぜか母の味にはならない。きっとこの味噌汁の味は、僕の母にしか出せない世界でたった1つのものだと思う。
久しぶりに、父と母の3人で夕食を食べた。
「大学生活はどうだ?」
「普通かな」
「そうか」
「体には気をつけて、ご飯はしっかり食べなさい。米がなくなったいつでもネット通販でそっちの家に送ってあげるから。」
「うん。ありがとう。」
久しぶりに会う両親との会話もいつも通りだ。
僕の両親は、2人とも無口な性格だ。なので昔から食卓での会話はほとんどない。
「彼女はできたか?」とか「友達はできたか?」などの話は今まで聞かれたことはなく自分から話したこともない。自分の生活に干渉してくることがなく、自分の世界にどっぷりつかれる独特の雰囲気が実家にはあり、とても居心地がよくて好きだ。
夕食を食べ終わり、脱衣所に向かう。僕が帰ってくることを見越して、父があらかじめ風呂の準備をしてくれていた。浴室の扉を開けると、入浴剤の香りが鼻に入ってくる。入浴剤で緑色に染まった湯船につかり、一息ついた。
風呂から上がり、服を着替えてから適当にドライヤーで髪を乾かして2階に上がる。久しぶりの実家のベッドにダイブして、しばらくぼーっとしていると、クッキーが部屋に入ってきた。ベッドに上がり枕元に腰を下ろすと、耳元でゴロゴロと体から不思議な音を鳴らして呼吸している。僕はベッドから起き上がり、本棚から1冊の小説を取り出した。再びベッドに戻り、小説の栞を外す。僕は、枕元にいるクッキーの呼吸の音を聞きながら、小説の続きを読み進めていった。実家の母が作るご飯の味、枕元にいるクッキー、帰る家があることもいつかは別れる日が来て、そのことも忘れてしまうのだろうか。