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第69話:英雄

十日ほどの看病の後、俺は病院を退院して、エマと一緒にクロイツベルクに戻った。左肩の傷はまだ痛むけれど、普通に生活できるくらいには回復していた。


この十日間、エマはずっと俺のそばにいてくれた。朝早くから、ベッドの横の椅子に座って俺の世話を焼いてくれる。熱が出た時は冷たいタオルで額を冷やしてくれたし、食事の時間になると、パン粥を一口ずつ食べさせてくれた。


「はい、あーん」


スプーンを俺の口元に運びながら、エマが微笑む。銀色の髪がふわりと頬にかかって、普段の理屈っぽい彼女からは想像できないくらいやさしい表情を見せてくれる。きっと実家でも、三人の妹たちにこうやって世話を焼いていたんだろうなと思うと、胸が温かくなった。


夜はつらかった。傷が痛んで眠れずにいると、エマが細い指で俺の手を握ってくれる。


「大丈夫です。私がここにいますから」


薄暗い病室で、彼女の銀色の髪がかすかに光って見えた。エマがいるだけで、痛みが和らいでいくようだった。時々、俺が悪夢にうなされることもあったけれど、エマの落ち着いた声が聞こえると安心して眠りに戻ることができた。


病院での日々は静かなものだった。エマ以外に見舞いに来る人はほとんどいなかった。みんな、気を利かせてくれているのかもしれない。小ジャンヌは先にクロイツベルクに戻っただろうし、カリア団長は戦争の後始末で忙しいはずだ。副長のレオンも同じだろう。


クロイツベルクに戻ると、俺はすぐに王宮へ呼び出された。今回の戦いで功績を上げた人たちを表彰するという話だった。


謁見の間で、テオリア女王の前にひざまずく。豪華な絨毯の上でひざをつくと、玉座に座る女王の威厳が間近に感じられた。いつ見ても美しい人だけれど、今日は特に凛とした雰囲気を漂わせている。


「ナオテル・イフォンシス・デカペンテ」


いつもの長い名前を、女王が厳かに呼ぶ。紫水晶色の瞳が俺を見つめ、その重みに背筋が伸びる。


「今回の作戦において、あなたの活躍は作戦成功の最大の要因でした。ここに新設の『雷剣勲章』を授与し、相応の褒賞を与えます」


金の縁取りがされた青い勲章が手渡される。その重さが手のひらに伝わった瞬間、なぜか胸の奥にもやもやした気持ちがわいてきた。


「ありがたくお受けいたします。騎士の名を汚さないよう、これからも頑張ります」


俺は力士の昇進口上みたいなことを言った。でも、何か大きな手柄を立てたという喜びは、なぜか湧いてこない。胸の奥で、違和感がくすぶっていた。


その後、会議室に騎士団の幹部が集められた。今回の戦争について総括するという話だった。


長いテーブルを囲んで、十数名の騎士たちが座っている。カリア団長が司会をしていて、栗色の髪を後ろでまとめた姿が凛として見えた。戦果の確認が淡々と進んでいく中、俺はうわの空で、自分が本当に戦闘に参加していたことが現実に思えずにぼんやりしていた。


「それでは、ヴァルドフェール低地での戦果について報告します」


カリアの落ち着いた声で、俺は我に返った。自分が報告するのかと思ったけれど、気を失っていたんだから無理だ。カリアが琥珀色の瞳で「大丈夫よ」という感じに目配せしてくる。向かいの席の騎士が立ち上がって報告を始めた。


そういえば、レオンの姿が見当たらない。まだ現地で事後処理でもしているのだろうか。


「ヴァルドフェール低地では、ナオテル隊長の雷の剣によって、一瞬のうちに約四百の重装歩兵が戦闘不能になり、その大部分を捕虜として確保しました。マキャベリア側の死者は十三名……」


雷に打たれたように、俺は突然立ち上がった。椅子が勢いよく後ろに倒れて、会議室に響く音がやけに大きく聞こえた。


「テル、どうしましたか?」


カリアが心配そうに声をかけてくれた。眉を寄せた表情には母親のような優しさがあった。


俺はこの日まで、自分がやったことについてほとんど考えていなかった。確かに、あれだけ強力な雷の力を使ったんだから、死ぬ人がいても全然おかしくない。でも、実際に数字を突きつけられると、足がすくんだ。


「死者十三名って……」


俺がかすれた声でつぶやいた。


「言葉の通りです」


カリアが静かに答える。琥珀色の瞳に複雑な感情が宿っていて、彼女もそれを決して軽く考えていないことが伝わってきた。


「これは戦争です。残念ながら、人が死ぬことは避けられません」


諭すような口調だったけれど、その声の奥にかすかな痛みが混じっているのを俺は感じ取った。


俺は重い体で倒れた椅子を戻し、力なくそれに座る。俺が、この手で十三人の人間を殺した。そう考えると、手の震えが止まらなくなった。彼らにも家族がいたかもしれない。故郷で帰りを待っている人がいたかもしれない。


向かいの騎士が報告を続ける。


「一方、我が軍の犠牲者も十三名です。幹部では、レオン・レーヴェン副長も含まれます」


俺は耳を疑った。レオンが死んだ? あの真面目で責任感の強い副長が?


「ちょっと待ってください。レオンは水門で戦っていたはずですが」


「レオンは激しい戦いの中、見事に水門を開けることに成功しました。しかし、その直後に背後から敵の槍で……本当に残念です」


カリアが沈痛な表情で言った。彼女の声がかすかに震えているのが分かった。普段は冷静な騎士団長が感情を表に出すのを初めて見た。


その後の会議の記憶はない。俺はずっとぼんやりしていた。


俺は人を殺した。しかも、十三人も。そして、俺を手伝ってくれていたあのレオンは、もうこの世にはいない。


カリアは「戦争だ」と言った。確かにその通りだ。殺し合いなんだから、人は死ぬ。でも、俺はこの手で人を殺した。そのことに、戦争の前も、戦争の後も、この場で言われるまで全然気づかなかった。


罪じゃなくて、英雄。殺人じゃなくて、勲章。人の命を奪ったのに、褒賞。


この違和感に、俺の心は混乱していた。レオンの顔が頭に浮かぶ。真面目で責任感の強い、優秀な副長だった。彼が死んで、俺が生きている。彼が任務を果たして、俺が英雄と呼ばれている。


俺はどうやって家に戻ったのか、その道中の記憶もない。気がつくと、部屋の前に立っていた。


ドアノブに手をかけながら、俺は立ち尽くしていた。この部屋の向こうには、俺の帰りを待つエマがいる。彼女は俺を心配して、十日間も一生懸命看病してくれた。


でも、俺は彼女にどんな顔で会えばいいんだろうか。十三人を殺した手で、彼女に触れていいんだろうか。


ゆっくりとドアを開けると、エマが振り返った。銀色の髪が夕日に輝いて、青い瞳がほっとしたような色を浮かべている。白いブラウスの胸元がそっと上下して、彼女が安心のため息をついたのが分かった。


「お帰りなさい。お疲れさまでした」


いつもの優しい声だった。でも、俺にはその声が遠くに聞こえた。まるで深い霧の向こうから聞こえてくるような、現実味のない響きだった。


「ただいま」


俺は力なく答えた。右手に握られた勲章が、やけに重く感じられた。

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こちらは「完全版」です。 「ライト版・挿絵入り」はこちら
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