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第55話:生徒会と「どんな場合に嘘は許されるか」

ヘルメニカへの旅から戻った翌日、俺は王立学院の生徒会室へと足を向けていた。


王宮でのテオリア女王への任務報告も終え、ようやく普段の生活に戻りつつある。でも、心の片隅には、あの色彩豊かなシルバーマインの空気と、アンナとの楽しかった時間が残っていた。


生徒会室のドアを開けると、予想通りの光景が広がっていた。エマは真剣な表情で机に向かって書類を整理し、銀色の髪が額にかかるのも気にせず集中している。ルーシーは漆黒の髪を肩から流しながら本を読み、ミルは栗色の髪をかき上げつつお菓子を口に運んでメモを取り、ジーナは背筋をピンと伸ばして窓際に立ち、外を眺めていた。


そして、意外なことに——アンナの姿もあった。彼女は金褐色の髪を揺らしながら、窓辺に座って何かをスケッチしている。日が差し込む窓際で、彼女の日焼けした肌が輝いていた。


「やあ、みんな」


俺が挨拶すると、全員が顔を上げた。アンナが一番に声を上げる。


「テル!1日ぶり。楽しかったね、旅行」


アンナの言葉に、部屋の空気が一瞬で変わった。全員の視線が俺に集まる中、エマの青い瞳が鋭く光ったように感じた。彼女の白い指先がペンを強く握りしめる。


「いや、旅行じゃないから。公務だよ!」


俺は慌てて訂正した。額に冷や汗が浮かぶのを感じる。


アンナは不思議そうに首を傾げ、くすくすと笑った。緑色の瞳が楽しげに輝き、制服のリボンが彼女の笑いに合わせて揺れる。


「まあ、どっちでも良いじゃない。シルバーマインでは色々楽しいことしたんだから」


アンナの言葉に、エマがペンを置き、ゆっくりと顔を上げた。銀色の髪が肩で揺れ、青い瞳には複雑な感情が浮かんでいた。彼女の薄いピンク色の唇が微かに震えている。


「アンナのお友達にも会ったようですね」


エマの声には冷静さがあったが、その口調には「全部知っていますから」と言わんばかりの雰囲気が漂っていた。


アンナは楽しそうに微笑んだ。歯切れの良い声で言う。


「そうなの。友人は、テルが私に見合う素晴らしい人と認めてくれたわ」


「テルが素晴らしい人だなんて、とっくに知っています」


冷静を装うエマの平坦な言葉が続く。


アンナはそんなエマの様子をよそに、さらに話を続けた。彼女は窓際から立ち上がり、スケッチブックを胸に抱えながら歩き始める。


「ホルツ山脈の雪景色、素晴らしかった。夜はテルと身を寄せ合って眠ったわ。しかも二晩」


その言葉に、エマの表情が崩れた。彼女の白い頬が薔薇色に染まり、青い瞳に火が灯ったような鋭さが宿る。


「私は毎晩です!」


思わず声を荒げたエマの言葉に、部屋中が凍りついた。俺は穴があったら入りたかった。


重苦しい沈黙が数秒続いた後、ミルがため息まじりに口を開いた。彼女は栗色の髪を軽くかき上げると、クッキーを口に運びながら言った。胸元の四つ葉のクローバーのブローチが光を受けて輝いている。


「あのさあ、それ、テルと寝た日数が多い人が勝つゲームなの?」


ミルの冷ややかな言葉に、エマの顔が真っ赤になった。彼女は銀色の髪に顔を隠すように俯き、手元の書類を必死に整理し始める。一方アンナは知らんぷりで、スケッチブックに何かを描き続けていた。彼女の髪が肩で軽やかに揺れる。


うつむいて赤面するルーシー、笑いを堪えるジーナ。俺はいたたまられなさに耐えられなくなった。


「ちょっと、トイレに」


そう言って生徒会室を飛び出した俺は、廊下の静かな一角でスマホを取り出した。久しぶりにサンデラにメッセージを送る。


「トロッコ問題みたいなやつお願い。みんなが議論に夢中になるやつ」


なんとか話題を俺から逸らしたかった。


しばらくすると、スマホの画面が明るくなった。サンデラからの返信だ。


「殺人者に追われた友人があなたの部屋に逃げ込む。追いかけてきた殺人者があなたに友人の居場所を尋ねる。嘘をついて友人をかくまうことは許される? S」


「おお」


俺は思わず声を上げた。まさに今の空気を変えるのにぴったりの問題だ。深呼吸して心を落ち着けると、生徒会室へと戻った。


部屋の中にはまだ微妙な空気が流れていた。エマは書類に目を落としたまま、アンナはスケッチを続け、ミルとルーシーは小声で何かを話している。ジーナだけが冷静に状況を観察しているようだった。


「生徒会のみんな!ちょっと思考実験をしてみない?」


俺の声に、全員が顔を上げた。ルーシーの漆黒の髪が光を受けてなめらかに揺れ、紺碧の瞳に興味の光が灯る。


「それは、どのような思考実験ですか?」


「それはこうだ。殺人者が友人を追いかけてきて、友人はあなたの部屋に隠れる。追いかけてきた殺人者があなたに友人の居場所を尋ねる。さて、嘘をついて友人をかくまうことは許される?許されない?」


俺の問いかけに、生徒会室の空気が一変した。アンナがスケッチブックを閉じ、ミルがクッキーを皿に戻し、エマも書類から顔を上げる。ジーナが窓際から歩み寄り、落ち着いた声で言った。


「なるほど、興味深い」


ジーナの銀灰色のショートカットが光を受けて輝き、青緑色の瞳には哲学的な思索の光が宿っていた。


「結論を先に言うと、私は嘘をつくべきだと思うわ」


ミルが最初に声を上げた。彼女の青灰色の瞳には確信の色が浮かび、スカートのプリーツが彼女の動きに合わせて広がる。


「功利主義的に判断するなら、明らかに嘘をつくことが正解よ。みんなにとって一番良い結果を生む行動が道徳的に正しいの。今回なら、逃げてきた友人を守るための嘘は完全に正当化されるわ。友人の命が救われるのだから」


ミルは栗色の髪をかき上げながら続けた。


「友人の命を救って、より大きな害—つまり殺されるっていう害—を防げるんだもの。『他人に害を与えないかぎり、何をしても自由』っていう考えからしても、嘘をついて守られる人の自由や幸せを大切にすべきでしょ」


「さすがミル、明晰な分析です」


ジーナが微笑みながら言った。


「私も嘘をつくべきだと思うわ。ただし、もっと全体を見る視点から考えるべきね」


ジーナは指先で何か図を描くように説明を始めた。


「普遍的なルールも大切だけど、実際の状況での判断も同じくらい重要。道徳って社会の中で理解する必要があるもので、今回なら、命を救うための嘘は、より大切な原則、生命を守るっていう原則を実現するための必要な例外と考えられる」


「私は『嘘』という言葉の意味自体を考え直す必要があると思います」


ルーシーが続いた。彼女の紺碧の瞳は真剣さに満ち、漆黒の髪が肩に沿って流れ落ちる。その整った顔立ちは絵画のような美しさだった。


「言葉の使い方から見れば、誰かを危険から守るための発言は、普通の会話での『嘘』とは全然違うルールに従っています。つまり、命が危ない状況での『嘘』は、日常的な正直さを壊すものではなく、人の命を救うという『言語ゲーム』だと考えられるのです」


彼女の説明は論理的で明確だった。


「私はもっとシンプルに考えるわ」


アンナが元気よく言った。彼女の金褐色の髪が動きに合わせて跳ね、緑色の瞳には素直な光が宿っていた。


「人間関係や状況に応じた判断を優先するべきよ。抽象的なルールより、目の前にいる友人を守ることが大事。人の感情や関係性って複雑で、時には矛盾することもある。だからこそ、その場での判断が大切なの」


部屋の中で唯一、まだ意見を述べていなかったエマが、ゆっくりと立ち上がった。青い瞳には固い決意の色が宿り、その立ち姿は凛としていた。


「私は、皆さんと違う意見です」


エマの声は静かだが、力強かった。


「嘘をつくことは、どのような状況でも道徳的に許されません。定言命法に従えば、嘘をつくという行為は普遍的な法則になり得ないからです」


エマは姿勢を正し、白いブラウスの襟元を軽く直した。


「もし嘘をつくことが普遍的な法則になったら、人々はもはや互いの言葉を信じなくなります。そうなれば、嘘をつくという行為自体が成り立たなくなるのです。嘘は、言葉に対する信頼があってこそ機能するものなのですから」


「でも、友人が殺されるかもしれないんだよ?」


俺は思わず口を挟んだ。エマの瞳が俺に向けられる。


「それでも、例外は認められません。一つの例外は無数の例外を生みます。結果ではなく、行為そのものの道徳性が問われているのです。私たちは常に、普遍的な法則となるような行為をするべきです」


エマの言葉は、彼女の強い信念を反映していた。


「でも、エマ」


ミルが反論した。彼女の栗色の髪が前に垂れ、青灰色の瞳には挑戦的な色が浮かんでいた。小さな体が前のめりになり、胸元のブローチが光る。


「友人が死ぬかもしれないのに、道徳法則だけを考えるのは冷たすぎると思う。役立つかどうかで考えれば、明らかに友人の命を救うことが一番の幸せを生むからね」


「そして」


ジーナが続けた。彼女のマントが肩で優雅に揺れる。


「もっと大きな視点で考えるべきだと思う。嘘をつかないというルールと、友人の命を救うという義務の間には矛盾がある。でも、その矛盾を超えて、より高い解決策——この場合は例外的に嘘をつく——に至ることができるんじゃないかな」


「命を守るという状況では、言葉の意味は変わりうるものです」


ルーシーも冷静に加えた。彼女の紺碧の瞳が知性の光を放つ。


「さらに言えば」


アンナが熱っぽく言った。彼女の金褐色の髪が情熱的に揺れる。


「人間の感情や関係性を無視した冷たいルールだけの考え方は、本当の意味での道徳とは言えないわ。友情や愛情という感情こそが、道徳の源なのよ」


4対1で意見が分かれる中、エマの表情が次第に強張っていった。白い頬が紅潮する。制服の袖口を無意識に握りしめている。


「皆さんのおっしゃることはわかります。ですが——」


エマの声が震えた。


「道徳は感情ではなく、理性に基づくべきなのです。もし例外を認めてしまえば、道徳の普遍性が損なわれてしまいます。それは、人間の尊厳を損なうことになるのです!」


エマの声が思わず大きくなる。彼女自身も驚いたように瞳を見開いた。普段は冷静沈着なエマが、ここまで感情的になることは珍しかった。銀色の髪が彼女の動きに合わせて揺れ、青い瞳が少し赤みを帯びている。


「エマ、落ち着いて」


ジーナが静かに言った。彼女の青緑色の瞳には思いやりの色が浮かんでいた。


「哲学的な議論だから、そんなに感情的になる必要はないよ。どの立場にも理があるのだから」


エマは深呼吸をし、自分の感情の高ぶりに気づいたようだった。彼女は静かに髪を整えると、小さな声で言った。その姿には、傷ついた美しさがあった。


「今日は、少し疲れているようです。失礼します」


そう言って、エマは部屋を出ていった。銀色の髪が後ろで揺れ、その背中には何か深い悲しみが感じられた。


俺は思わず立ち上がり、彼女の後を追った。

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