表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/98

第48話:カリアと「不動心」

朝の光が溢れる王宮の中庭で、俺は緊張した面持ちで立っていた。隣には同じ騎士団の新人たちが数人。彼らも同じように緊張した表情を浮かべている。石畳の庭園は朝露で濡れ、空気は冷たく清々しかった。


全員が半円状に並ぶ。


「おはようございます」


凛とした声が響き、俺は慌てて姿勢を正した。栗色の髪を後ろで一つに結んだエピカリアが、颯爽と中庭に現れる。長身で引き締まった体から漂う威厳は、まさに騎士団長そのものだった。彼女の澄んだ琥珀色の瞳が、集まった騎士たちを一人ずつ見渡していく。


「今日も良い朝ですね」


カリアの穏やかな微笑みに、俺は少し緊張が解けるのを感じた。彼女は中庭の中央に立ち、俺たち騎士に向き合った。カリアの鎧は朝日を受けて美しく輝き、その佇まいには静かな強さが感じられる。


「では、座ってください」


カリアの声とともに、皆が一斉に芝生に腰を下ろす。俺も横を見ながら座った。


「今日は『地形と戦術』について学びます」


カリアは声に力を込めて話し始めた。その声は中庭の隅々まで届き、全ての騎士たちの注意を引きつけた。


「地形は戦場における最も重要な要素の一つです。高地は防御に有利で、川は敵の進軍を遅らせ、森林は伏兵に最適です。どんなに優れた軍隊でも、地形を無視して戦えば敗北は避けられません」


カリアの語りは明瞭で、時折彼女は騎士たちに質問を投げかけ、積極的な議論を促していく。彼女の栗色の髪が朝の光を受けて温かみのある色に輝いている。


「さて、皆さん、フィロソフィアとマキャベリアの国境地帯の地形的特徴は何だと思いますか?」


カリアの問いかけに、騎士たちは互いに顔を見合わせた。俺は生徒会室で見た国境地帯の地図を思い出しながら、少し考え込んだ。


「北部は山岳地帯で、中央部は平地、南部は大きな河川があります」


俺の言葉が途切れる。正直なところ、地形について詳しく考えたことがなかった。


隣の騎士が言葉を継いだ。「中央部の平原は広大で見通しがよく、騎兵に有利です」


さらに別の騎士が「南部の河川は雨季になると氾濫する傾向があります」と続ける。


カリアは満足げに頷いた。


「良い指摘です。これらの地形特性は戦術選択に大きく影響します。例えば、平原での戦いでは機動力が鍵となりますが、山岳地帯では少数の兵力でも狭い峠を守ることができます」


そう言って、カリアは膝の上に広げた地図を指さした。細かい線と色彩が国境地帯の複雑な地形を表している。


「ローレンティア鉱山がある地域は、丘陵と小さな渓谷が入り組んだ複雑な地形です。この地形をどう活かすかが、戦略の鍵となるでしょう」


「では、皆で唱えましょう。『地形は静かなる同盟者。賢者はこれを味方とし、愚者はこれを敵とする』」


騎士たちは一斉にその言葉を復唱した。俺も声に出して唱えることで、その教えが身体に染み込んでいくのを感じた。


その後、午前中いっぱいは様々な地形での戦術や歴史的な戦いの分析、地形を活かした成功例や失敗例についてカリアを中心に騎士たちが活発に議論していった。カリアの導きはとても巧みで、時折、地面に図を描きながら、複雑な戦術も理解しやすく説明していく。


俺は記憶に留めようと集中していたが、心の中で少し疑問が湧いていた。これほど討論と復唱に時間を割くのは、騎士団の訓練としてどうなのだろうか。


昼食の後、再び訓練が始まった。今度は異なる気象条件下での戦術について学ぶ。カリアが語る雨天時の戦い方、霧の中での隊形維持方法、そして暗闇での伝達手段の重要性などを、騎士たちは声を出して復唱していく。


「悪天候は時に最大の武器となる。雨は矢を鈍らせ、霧は進軍を隠し、風は敵の目を曇らせる」


全員が声を合わせて唱える様子は壮観だったが、俺は内心疑問を感じていた。


休憩の合間を見計らって、俺はついに我慢できなくなり、質問してみることにした。


「カリア団長、あの…質問してもよろしいですか?」


「もちろんです」


カリアは優しく微笑んだ。琥珀色の瞳には温かみのある光が宿っている。


「騎士団で、その…勉強、しかも復唱を重視しているのはなぜですか?もっと実践的訓練に時間を割くのかと思っていました」


俺の質問に、他の騎士たちも興味深そうに耳を傾けた。どうやら彼らも同じことを考えていたようだ。


「まず、なぜ復唱を行うのか。内容を書き取りたい気持ちはわかります。でも、戦場でそれを見ながら戦えませんよね」


カリアは静かに立ち、剣を抜いた。乾いた石畳の上で、彼女は優雅に剣を振るってみせる。その動きは無駄がなく、まるで舞のように美しい。たしかに、こうして戦いながら、メモを見返すことなど不可能だ。


「それから、座学を重視する理由。テル、あなたと私が剣で戦ったら、誰が勝つと思いますか?」


突然の質問に、俺は言葉に詰まった。雷の剣があれば…と思ったが、純粋な剣術ならカリアに勝ち目はない。


「もちろん、カリア団長です」


「では、私と3人の一般兵士なら?」


「それは…」


カリアは静かに剣を鞘に収めると、再び騎士たちの前に立った。彼女の表情は穏やかだが、その言葉には重みがあった。


「テルの雷の剣をもってしても、1人の騎士が対峙できるのは2、3人が限度です。つまり、武術をどんなに鍛えても3人がかりで来られれば勝てる確証はありません」


カリアは地図を手に取り、一つの古戦場を指さした。そこには深い峡谷と細い山道が描かれている。


「一方で、優秀なひとりの軍略家が地形を活かした戦術によって10倍の軍勢を打ち破った例は歴史上枚挙に暇がありません」


彼女の言葉に、俺は深く頷いた。確かにそうだ。どんなに強い騎士でも、数に押されれば負ける。でも、優れた戦術と地形の活用があれば、少数でも大軍に勝つことができる。


カリアはさらに問いかけた。その澄んだ琥珀色の瞳には深い洞察が宿っていた。


「さらに、戦場で最も重要なことが何か分かりますか?」


俺は少し考えた。体力?技術?武器の質?それとも…


「そうはいっても、やはり体力でしょうか」


カリアは静かに首を横に振った。彼女の栗色の髪が優雅に揺れる。


「不動心です」


彼女の言葉に、俺は思わず背筋を伸ばした。


「戦場では、あるものは心が高揚しすぎて冷静な判断ができなくなる。あるものは恐怖によって体が動かなくなる。普段通り動けることが全ての作戦の大前提になるのですが、それが最も難しいのです」


カリアの声には、実戦の経験に裏打ちされた確信が感じられた。彼女は穏やかに続ける。


「常に、いつも通りでいること、つまり、『不動心』を皆が持てている軍は強い。不動心の根拠は、知識です。知っていること、前もって考えたことが複雑な状況で心を支えます」


カリアが続ける。


「だからこそ、私たちは討論と復唱を重視するのです。戦場では考える時間はありません。体が自然に動き、記憶が自然に浮かぶよう、平時から訓練します」


彼女は騎士たちに向かって声を上げた。


「皆で唱えましょう。『不動心は最強の武器なり。恐怖を知り、それでも動ける者だけが真の騎士である』」


全員が一斉にその言葉を唱和した。俺も声を合わせる中で、その教えが深く心に刻まれていくのを感じた。


俺は深く頷いた。カリアの言葉に、新たな理解が開けた気がした。ただ強いだけでなく、冷静さを保ち、状況を正しく判断する。それこそが本当の強さなのだ。


「カリア団長はこの国の騎士団を率いるのに相応しい方ですね」


思わず口にした言葉に、カリアは少し照れたように微笑んだ。彼女の頬に薄紅色が差し、その表情は普段の厳格さから少し柔らかくなっていた。


「ありがとう。褒め言葉は素直に受け取ります」


ーーー

その日の訓練が終わったところで、俺はカリアに近づいた。以前から考えていた雷の剣についての課題を話してみようと思ったのだ。


「カリア団長、少しお時間よろしいですか?」


彼女は快く頷いた。俺たちは王宮の回廊を歩きながら話し始めた。石造りの回廊は涼しく、遠くには王都の景色が広がっている。


「『雷の剣』についてなのですが、実は解決策が見つかりました」


俺の言葉に、カリアの表情が明るくなる。


「雷の力を早く回復する方法が見つかったんです。これまでの約10倍、恐らく数分で1人を倒せる力が回復します」


カリアは立ち止まり、俺をじっと見つめた。琥珀色の瞳には鋭い分析の光が宿っていた。


「それは素晴らしいけれど…数分に1人では、実戦では厳しいでしょう」


彼女の指摘は鋭かった。


「雷の力を回復している間は満足に戦えないとすると、その間、あなたを何人かで守る必要がある。そうなると、本末転倒です」


俺はその通りだと認めざるを得なかった。確かに、戦闘中に数分間といえども耳たぶを触りながら「エレキテル」と唱える時間はないだろう。しかし、まだ別のアイデアもあった。


「手がかりはあるんです」


俺たちは宮殿の庭を見下ろす手すりに寄りかかった。遠くには噴水が水しぶきを上げている。


「水です。水によって雷の剣の力を広げることが出来ます」


カリアの瞳が驚きで見開かれた。


「水を通して雷の力を流せるんですか?」


「はい。ただ、半径5m程度です」


カリアは少し考え込んだ。彼女の栗色の髪が微風に揺れる。


「その方向性は悪くないですね。重装歩兵は密集隊形で行動することが多いから」


彼女は回廊の石の手すりを軽く叩きながら考えを巡らせた。


「ただ、それでも半径5mなら10兵程度です。十分と言いたいところですが、『雷の剣』には戦況を変えるような力が期待されています」


カリアの言う通りだ。一度に10人程度を倒せたとしても、数百の兵と対峙するには足りない。


「そうですよね…」


落胆する俺の肩に、カリアは優しく手を置いた。彼女の手は暖かく、その温もりが心強く感じられた。


「でも、あなたは良い方向に考えている。何かもう一つアイデアが加われば、きっと突破口が開けるでしょう」


俺たちは沈黙の中、王都の景色を眺めていた。遠くには青い山々が連なり、街には人々の営みが続いている。俺の心の中では、まだ見ぬ解決策への思いが膨らんでいた。


「焦らないで。良い解決策は時として、じっくりと熟成させるものです。今日は十分な進展がありました」


俺は深く頷いた。カリアとの会話を通じて、単なる技術的な問題ではなく、戦術全体の中で雷の剣をどう活かすかを考える大切さを理解した。


「ありがとうございます、カリア団長」


カリアは頷くと、周囲で談笑している新人棋士たちに向かって言った。


「本日の訓練はここまでです。皆、今日学んだことを各自反芻しておくように」


騎士たちは敬礼して散っていった。俺も他の騎士たちと一緒に王宮を後にしながら、雷の剣の課題について考え続けていた。水を利用するという方向性は正しいはずだ。あとは、どうやってそれを戦場で実用的に使うか...


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらは「完全版」です。 「ライト版・挿絵入り」はこちら
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ