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第27話:テオリアと「優れた騎士の資質」

朝の光が王宮の白亜の壁を淡く染めていた。合同訓練まで2週間を切ったある日、俺はテオリア女王から直々にお招きを受けた。


「緊張する必要はないよ」


エマの時計を受け取るために立ち寄った校長室で、大ジャンヌは俺の背中を軽くたたきながら言った。茶色の髪が柔らかく揺れ、その表情には友人を気遣う温かさが浮かんでいた。


「テオリアは気さくな性格だし、堅苦しいのは嫌いな性分なんだ」


そう言われても緊張するのが普通だろう。ただ、変な話、俺はこの世界の人間ではないので、ジーナほどテオリア女王の偉大さがピンときていないのが幸いだ。


「フィロソフィアのために雷の剣を振るう以上、テオリア女王の考えを知ることも大切だな」


王宮に向かう馬車に揺られながら、俺はそんなことを考えていた。途中、窓の外に広がる街並みを眺めていると、理性の国のどこか厳格な美しさが感じられた。整然と並ぶ石造りの建物、規則正しく植えられた街路樹、そして清潔に保たれた石畳の道。


王宮に到着すると、衛兵に案内されて階段を上っていく。前回は公式の謁見だったが、今回は何やら「私的な会談」と言われている。いったい何の用なのだろう?


階段の先には広い廊下が続き、その両側には肖像画や美しい彫刻が飾られていた。長い廊下の端に見えるドアの前で、衛兵が立ち止まった。


「こちらでございます」


言われるがままに中に入ると、そこはこじんまりとした部屋だった。王宮の他の部屋のような豪華さはなく、むしろ質素と言ってもいいほどだ。大きな窓からは光が差し込み、壁には本棚がずらりと並んでいる。机がいくつか配置され、生徒会室のような雰囲気だった。


「ここでお待ちください」


衛兵は言い残して退出した。


俺は指示されるまま椅子に座り、周囲を見渡した。本棚には哲学書と思われる分厚い本がずらりと並び、机の上には地図や文書が広げられている。まるで、学者の書斎のようだ。


しばらくすると、ドアが開き、テオリア女王が入ってきた。前回会った時とは違い、今日は比較的簡素なドレスを身につけている。金色の髪は後ろで一つにまとめられ、その横顔は教科書で見た彫刻のように整っていた。淡い紫のドレスは簡素ながらも上質な生地で作られ、その佇まいには気品と知性があふれていた。


「お待たせしましたか?」


彼女の紫水晶色の瞳が温かく俺を見つめる。思わず緊張して立ち上がり、深々と頭を下げた。


「いえ、今来たところです。あらためまして、ナオテル・イフォンシス・デカペンテです。お目にかかれて光栄です」


テオリアは軽く手を振った。指先の動きは優雅で、ドレスの袖がそれにあわせて揺れている。


「堅苦しいのはやめにしましょう。今日は客人ではなく友人としてあなたを招いたのですから」


友人?女王が一介の衛兵を友人と呼ぶなんて。俺は少し戸惑った。


「ここは、どこなのでしょうか?」


俺は周囲を見渡しながら尋ねた。


「私の書斎ですよ」


女王は微笑みながら答えた。彼女はゆっくりと窓際まで歩み寄り、外の景色を眺める。その後ろ姿は逆光に照らされて神々しく、ドレスのシルエットが窓辺に柔らかな影を作っていた。


「なにか...似ていますね」


「何に?」


「…王立学院の生徒会室です」


その言葉に、テオリアは明るく笑った。その笑顔は太陽のように輝き、部屋全体が明るくなったように感じる。頬に浮かぶ微笑みは、彼女をより親しみやすく見せていた。


「実は、私が15年前に王立学院を作ったのです。自分が生徒として学びたい学校がなかったので、お父様…先代のロゴス王にお願いしたのですよ」


彼女は窓辺から離れ、俺の前の椅子に腰を下ろした。金色の髪が光を受けて輝き、その動きに合わせてドレスの裾がふわりと広がった。


「生徒会室とここが似ているのは、この部屋に似せて生徒会室を作ったのか、いつの間にかこの部屋が生徒会室に似てしまったのか...」


彼女は少し考えるような仕草をしてから、指先で顎をなでるように触れて再び微笑んだ。その表情には知的な愉しさが浮かんでいた。


「実はよく分からないの」


そう言うテオリアの表情は、女王というよりも一人の哲学者のようだった。


「そういえば、学院に侵入した男をあなたが追い出したそうね。お礼を言うわ」


俺は少し驚いた。酔っ払った元騎士を俺が学院から追い出したことを、女王は知っていた。


「ただの偶然です。雷の剣が発動しただけで...」


「謙遜する必要はないわ。学院を守ってくれてありがとう」


テオリアは優しく微笑んだ。その表情には真摯な感謝が込められていた。白い手が椅子の肘掛けで静かに動き、指先が木目を優しくなぞっていた。


「あの男のことで少し気になることがあるんですが...」


俺はためらいながらも口を開いた。


「女王陛下が騎士団を解体したというのは、本当なんですか?」


その質問に、テオリアの表情が少し引き締まった。長いまつげの下の瞳が鋭さを増し、彼女はゆっくりと息を吐き、言葉を選ぶように少し間を置いた。


「嘘ではないけれど、正確ではないわ。再編した、が正しいでしょうね」


テオリアは立ち上がり、壁に掛けられた国の地図の前に立った。その姿勢には国を治めるものとしての威厳が感じられる。ドレスの裾が床を滑るように動き、歩く姿は優雅そのものだった。


「先の戦争後、和平協定の一環として軍備を半減することになったの。騎士団の人数も半分になった。これは事実よ」


彼女は振り返り、再び俺の方を向いた。その動きで金色の髪が肩を滑り、陽の光を受けて輝いた。


「でも、ただ人数を減らしただけではないの。騎士団の構成そのものを見直したのよ」


テオリアは再び席に戻ると、両手を膝の上で組んだ。その姿勢には、教師のような落ち着きがあった。淡い紫色のドレスが光に透かされ、その表情はますます真剣さを増していた。


「騎士に必要なのは、『勇気』だけではないと思うの。国家への献身と自己犠牲の精神、そして怒りの感情を適切に制御できる能力...」


彼女の声には力強さがあり、同時に優しさも感じられた。話す時の唇の動きには知性が宿り、言葉の一つ一つが明確に発せられていく。


「これらの条件をもとに、騎士を再度選抜したの。その際には、男女問わずに評価したわ」


「男女問わずに?」


俺は少し驚いた。


「ええ。体力差はあっても、それ以外の男女の能力に本質的な差はないと考えているの。現在の騎士団の男女比はほぼ半々よ」


テオリアの言葉には確信が込められていた。彼女は少し悲しそうな表情を浮かべると、指先が無意識にドレスの裾を握りしめながら付け加えた。


「その男は、残念ながら、私の騎士団には相応しくなかったということになるわね」


確かにあの男の振る舞いは、女王陛下の騎士団には相応しくない。体制の変更に不満を持つ者が出るのは致し方ないだろう。


「エピカリアについて、覚えている?」


不意に女王が俺に問いかけた。


「たしか、以前、謁見の間で『いかづちの剣』を受けてくれた騎士団長ですよね」


騎士にしては知的で柔らかい物腰を思い出す。


「そう。彼女が、この国の理想の騎士よ」


テオリア女王のその言葉に、俺はすべて腑に落ちた気がした。



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