第21話:テオリアと「知らないことの大切さ」
自己紹介を済ませたジーナは、テオリア女王の前まで出ると、生徒会の提案について説明し始めた。彼女の言葉は次第に自信を取り戻していく。コバルトブルーのマントが彼女の動きに合わせて優雅に揺れ、銀灰色の髪が肩で弾むように動いていた。
「ローレンティア鉱山を4カ国の共同管理下に置き、所有権は我が国に残します。各国の人口に応じて鉄鉱石を割り当て、公正な分配を実現することで...」
途中からは、彼女の声はすっかり本来の冷静さと知性を取り戻していた。青緑色の瞳が輝き、言葉の一つ一つに強い説得力が宿っていた。
テオリア女王は真剣に聞き入り、時折頷いていた。その紫水晶色の瞳は鋭く、提案の一つ一つを吟味しているようだった。ジーナの説明が終わると、女王は少し考え込むような表情を見せた。金色の髪の一筋が頬に落ち、彼女はそれを優雅に耳にかけた。
「とても興味深い提案ね。実は私も似たような枠組みを考えていたの」
女王は顎の下で手を組んで斜め下に視線をやる。その仕草には深い思索の跡が見て取れた。
「ただ、問題はその提案にマキャベリアが乗ってくるかという点よ。彼らは自国の軍事力を我々より上に見ているわ」
窓から差し込む光がテオリア女王の横顔を照らし、その表情には深い思索が浮かんでいた。純白のドレスの裾が風で僅かに揺れ、彼女の凛とした姿勢がより一層引き立っていた。
ジーナが俺の方を見た。彼女の眼差しには「例の話を」という促しが含まれていた。俺は一歩前に出た。
「その点について、腹案があります。私たちは『雷の剣』の力をマキャベリアとの合同訓練で示すことを提案します」
女王は興味深そうに俺を見つめた。
「『雷の剣』?初めて耳にしますが、それはどのようなものでしょうか?」
「私は剣を通じて雷のような力を放つことができます。マキャベリアからの精鋭兵を招いて親善交流試合を行い、その場でその剣の力を示せば、彼らは必ずや驚き、我が国の兵力を大きく見積もることになるでしょう」
女王は眉を上げた。
「理解したわ。でも、その力をこの目で見るまでは信じられないわね」
大ジャンヌが提案する。
「今、ここでご覧になりますか?」
女王は頷いた。金色の髪が光を受けて輝き、その瞳には期待の色が浮かんでいた。彼女は侍従を呼び、人を呼ぶように指示を出したように見えた。
しばらくして、謁見の間の扉が開き、入ってきたのは一人の女性だった。
「陛下、お呼びでしょうか」
その女性は高身長で引き締まった体格を持ち、常に上質な革と軽量金属で作られた実用的な鎧を身につけている。黒に近い深い茶色の長い髪を後ろで一つに結び、澄んだ琥珀色の瞳は穏やかだ。
「彼女は騎士団長のエピカリア・ケーポス。死をも恐れぬと評される我が軍随一の実力者です。ナオテル・イフォンシス、彼女を相手に、その力を見せてくれないかしら」
テオリア女王が俺に向かって言った。
俺は緊張しながらも、腰のエミールの剣を抜いた。エピカリアも自分の剣を構えた。
「剣を交える前に、その剣の威力、言葉で説明してくださいますか」
思いがけず、エピカリアが俺に尋ねた。その声は穏やかで、死をも恐れぬ人物とはとても思えなかった。
「雷のような力が剣を通じて流れ、相手の体を麻痺させます」
俺は簡潔に答えた。
「分かりました」
エピカリアは静かに頷いた。
「それでは」
二人は部屋の中央に立ち、剣を構えた。目で合図すると、互いに軽く剣を振り下ろす。エピカリアの剣が俺の剣と触れた瞬間、鋭い音とともに青白い光が走った。エピカリアの手から大きく剣が弾け飛び、大理石の床に転がる音が響いた。
テオリア女王は近づいてきて、驚きの表情を浮かべながら、エピカリアに尋ねた。
「どうですか?」
エピカリアは平然としていて、恐怖を感じている様子は全く無い。この冷静さが彼女が騎士団長たる所以だろうか。
「確かに雷の力が伝わりました。事前に説明を受けたので、私はとっさに剣を投げ出すことができましたが、それでも肘のあたりまで痺れています。普通は、攻撃を受ける瞬間、剣を強く握りますから回避は不可能、一撃で相手を戦闘不能に出来るでしょう」
テオリア女王の紫水晶色の瞳が見開かれた。
「素晴らしい!この剣は、十分抑止力になるでしょう」
女王は近づいてきて、俺の剣を興味深そうに見つめた。彼女の金色の髪から清らかな香りがして、その瞳は好奇心に満ちていた。
「ナオテル・イフォンシス、この剣の仕組みを教えてくれないかしら?雷の力は、どうやって生まれるの?」
俺は「エレキテル」のことを思い出した。あのポーズを思い浮かべると、顔が熱くなる。しかし、それは発電の作法であって、なぜ発電できるのかは、皆目見当がつかなかった。
「それは...自分でも分かりません。雷の力を呼び起こす『儀式』のようなものはあります。しかし、それによってなぜ力が呼び起こされるのか、その仕組みについては何も知りません」
女王は意外そうな表情を見せたが、すぐに微笑んだ。
「よろしい。それも素晴らしいことよ」
女王は玉座に戻り、ゆっくりと語り始めた。彼女の純白のドレスが陽の光を受けて雪原のように輝き、その姿は威厳に満ちていた。
「知っていることより、自分が知らないことを知っていることの方が大切だわ。それを『無知の知』と言うの。私の先生の言葉よ」
彼女の声は優しく、哲学者としての深い知恵が感じられた。
「自分の限界を知ることで、初めて真実の探求ができるの。ナオテル・イフォンシス、あなたの姿勢はこの国の騎士にふさわしいわ」
女王は再び微笑み、俺に近づいた。彼女のドレスの裾が床を優雅に滑るように動き、白い絹のような生地が光を受けて柔らかく揺れていた。金色の髪が光を受けて輝いていた。
「今度は、あなたの国のことでもゆっくり話しましょう、イフォンシス」
—
帰りの馬車の中、三人はようやく緊張から解放された。窓から差し込む光が、彼らの安堵の表情を明るく照らしていた。
「うまくいったね」
大ジャンヌが言った。彼女の茶色の髪が風で少し乱れ、その表情は晴れやかだった。
「女王陛下は本当に素晴らしい方ですね」
ジーナも嬉しそうに言った。彼女の銀灰色の髪が風に揺れ、青緑色の瞳に輝きが戻っていた。青緑のマントが光を受けて鮮やかに見え、彼女の表情には安堵と喜びが混じっていた。
「しかし、テルの姓がイフォンシスとは知らなかった」
大ジャンヌが不思議そうに言った。
「そうですかね」
曖昧に答えながら、俺は考えていた。馬車の窓から見える街並みは美しく、石畳の道を人々が行き交っていた。
デカペンテは女王も言うように「15」という意味なのだろう。では、イフォンシスは...
俺は、はっとした。イフォンシス、iPhone-sis。ナオテル・イフォンシス・デカペンテ。つまり、「iPhone 15」が俺の名字だ。
またもやサンデラにやられた。ポケットのスマホを触りながら、俺は小さくため息をついた。馬車は王宮の門を抜け、石畳の道を進んでいった。遠くの空には、白い雲がゆっくりと流れていた。
無知の知:ソクラテス(紀元前469-399年)の逆説的な智恵で、自分の無知を自覚することこそが真の賢さだとする考えです。デルフォイの神託で「最も賢い人間」と言われたソクラテスは、自分が無知であることを知っている点で他者より賢いと気づきました。この思想は、弟子のプラトンが「ソクラテスの弁明」などに記録したことで現代に伝わっています。




