第19話:続・生徒会と「戦争を回避する方法」
生徒会室の窓から差し込む月明かりが、テーブルの上に置かれた資料や地図を青白く照らしていた。重厚な机を囲んで、生徒会のメンバーたちが真剣な表情で座している。俺も隅の席で、この重要な会議に参加していた。
ジーナがペンを走らせる音だけが静かな部屋に響いていた。銀灰色のショートカットがランプの明かりを受けて神秘的に輝き、その細い指先が紙の上を慎重に動いていく。時折彼女は顔を上げ、天井を見つめながら考えをまとめていた。青いマントが椅子の下でかすかに揺れ、誰も邪魔できない集中力が漂っていた。
エマは真剣な表情で銀色の長い髪を耳にかけ、時折メモを取りながらジーナのほうをのぞき込む。青い瞳には知的好奇心と緊張が浮かび、白いブラウスの襟元を時折整える仕草に、彼女の几帳面さが表れていた。
ミルは前のめりに椅子に座り、栗色の髪が顔を覆わないよう時々後ろに流しながら、紙に数字を書き込んでいた。
ルーシーは腕を組んで背筋をピンと伸ばし、時折小さなため息をつきながらも、ジーナの筆記に集中していた。
そして、ついにジーナがペンを置いた。その小さな音を合図に、全員の視線が彼女に集まった。
「マキャベリアに対して、強い姿勢を示しながらも対話の道を探る。『拒絶も譲歩もしない』という新しい道を切り開く。これが私たちの基本方針だった」
ジーナの声には揺るぎない意志が込められていた。彼女は滑らかな動きで立ち上がり、一人一人に視線を配る
「その方針のもとで、マキャベリアへの逆提案として最も有力なのは、ローレンティアの共同開発だ」
彼女は振り返り、机に置かれた地図を指さした。しなやかな指先がローレンティアの位置を正確に示す。
「ローレンティア鉱山をエンポリアとヘルメニカを含めた四カ国の共同管理下に置く。ただし、所有権はあくまでフィロソフィアにあり、売却益は我が国に属する」
ジーナの青緑色の瞳が鋭く光る。
「一方で、各国の人口に合わせて良質な鉄鉱石を割り当て、価格にも上限を定める協定を結ぶ」
彼女は机に両手をついて身を乗り出し、全員を見渡した。
「こうすれば、マキャベリアは我々が鉄鉱石を独占して武器製造に使うのではないかという疑念を払拭できるだろう」
部屋に静寂が広がった後、エマが最初に口を開いた。彼女の青い瞳が感嘆の色を帯びている。
「素晴らしい案です!単なる譲歩でもなく、単なる拒絶でもない。両方の考えを一段高めた新しい選択肢ですね」
ミルも小さな体で立ち上がり、計算用紙を掲げながら言った。
「数字からも理にかなっています。マキャベリアにとっても、戦争の費用を考えれば共同開発の方が得になるはずです」
ルーシーは艶やかな黒髪を耳にかけながら、珍しく素直な称賛を口にした。
「言葉の使い方も明確です。あいまいさがなく、具体的な条件をはっきり示すことで、誤解の余地をほとんどなくしています」
皆がジーナの案に感心する中、彼女は少し厳しい表情を見せた。コバルトブルーのマントが肩で微かに揺れ、その整った眉が寄せられた。
「ただ、大きな問題が一つある…」
その言葉に、部屋の空気が再び緊張に包まれた。
「この提案は、マキャベリアが『交渉』というゲームを選ぶことが大前提です」
ルーシーが冷静に指摘した。その紺碧色の瞳は問題の核心を捉えていた。
「その通りだ」
ジーナは頷き、再び窓際に立った。月の光が銀色に部屋を照らし、彼女の影が床に落ちていた。
「共同開発はマキャベリアにも大きな利益をもたらす。だが、彼らには力による併合という選択肢も残されている。どうすれば、力を使って奪うことが割に合わないと納得させられるだろうか」
皆が黙り込む中、エマが静かに立ち上がった。
「逆に、共同開発の魅力を高めてはどうでしょうか?」
彼女は提案し、薄紅色に染まった頬を見せながら具体案を述べた。
「例えば、高品質な鉄鋼の作り方を教えるとか」
その言葉に、ミルが即座に反応した。
「それは危険です。マキャベリアの武器作りを助けることになりかねません」
その言葉を受けて、ジーナがうなずいた。彼女の青緑色の瞳には、厳しい現実を直視する強さが宿っていた。
「マキャベリア王国は昔から力を尊び、弱さを軽蔑する文化を持つ。だから私たちも何らかの力を見せる必要がある」
ミルはノートに数字を書き込みながら、冷静に現実を指摘した。栗色の前髪が少し目にかかり、彼女はそれを小さな手で払いのけた。
「兵力で比べると私たちは1対2から3の不利です。どう考えても劣勢です」
部屋にはランプの明かりだけが灯り、窓の外には満天の星が瞬いていた。重苦しい空気の中、俺は思い切って口を開いた。
「実際に強い必要はないんじゃないか?要は、相手が俺たちが強いと思い込んでくれればいいんだ」
俺の発言に、全員の視線が集まった。エマの澄んだ青い瞳、ミルの大きな目、ルーシーの鋭い視線、そしてジーナの知的な眼差し。その注目に、少し緊張した。
「理論上はそうだが、どうやって?」
ジーナの問いかけに、俺は深呼吸して答えた。
「俺を使ってほしい」
皆の視線がさらに真剣さを増す中、俺は続けた。腰に下げた剣に手を当てながら言葉を紡いだ。
「この前見たと思うけど、俺は『雷の剣』が使える。これがフィロソフィアの一般的な技術だと思わせればいい」
『雷の剣』と口にした瞬間、少し恥ずかしさを感じたが、真剣な表情を保つよう努めた。
エマが頷いた。
「確かに!ロゴス王の軽量大砲の前例があるから、『雷の剣』がフィロソフィアの最新技術だと言えば説得力があるわ」
エマの口から『雷の剣』という言葉が出ると、恥ずかしさが増した。でも彼女の真剣な表情を見ると、この名前も悪くないのかもしれない。
ジーナは一瞬目を閉じて考え込み、やがて開いた瞳には新たな閃きが宿っていた。彼女は机に戻り、紙に何かを書き始めた。
「では、こういうのはどうだろう。合同訓練という名目で、マキャベリアから精鋭の兵士を招く。そして練習試合という形で『雷の剣』を見せ、その威力を実感させる。帰国した兵士たちが噂を広げてくれるだろう」
ジーナの提案に、部屋の空気が一変した。
「これなら直接的な脅しではなく、あくまで親善行事として実施できます」
エマが言った。彼女の声には安堵と期待が混じっていた。
「少ない費用で最大の効果が得られます。数字で見ても最高の選択肢です」
ミルが小さく頷きながら言った。彼女の青灰色の瞳は計算の正確さに自信を持って輝いていた。
全員が頷く様子を見て、ジーナは満足げに立ち上がった。彼女の青いマントが月明かりに照らされ、まるで戦場の指揮官のように威厳に満ちていた。
「では、これを最終案として提案書にまとめよう」
ルーシーが立ち上がり、優雅に一礼した。深紅のリボンが光を受けて美しく揺れた。
「私が提案内容を、正確な言葉で文書にします」
テーブルの上のランプの光が揺れ、その柔らかな明かりが皆の顔を優しく照らしていた。
俺は腰の剣——エミールの剣に手を当てた。この剣が戦争を防ぐために役立つことになればいい。
エマが俺に近づき、小さな声で言った。
「『雷の剣』、すごくかっこいいと思うわ」
彼女の青い瞳が優しく輝き、銀色の髪が肩に流れ落ちる様子に、思わず見とれてしまった。
「本当に? なんか恥ずかしいんだけど…」
雷の剣と表裏一体として「エレキテル」があることを思えば、どうしても素直には喜べなかった。
「恥ずかしがることはないわ。あなたの力が、戦争を防げるかもしれないのよ」
エマの言葉に、不思議と勇気が湧いてきた。彼女の微笑みには、理性の国の少女らしい知性と同時に、温かな励ましが込められていた。
窓から見える夜空に星々が瞬き始める中、俺たちは新たな挑戦への一歩を踏み出していた。『雷の剣』——もしそれで戦争を防げるなら、俺は喜んでその役割を引き受けよう。
ジーナの言う「止揚」——対立を超えた高次の解決策。俺たちはそれを目指して、この危機に立ち向かおうとしていた。




