第16話:生徒会と「温故知新」
夕暮れが学院の尖塔を橙色に染め上げる頃、生徒会室に珍しく全員が顔を揃えていた。重厚な木製テーブルを囲んで緊張が漂い、窓から差し込む夕日の光が書類を黄金色に照らしている。
生徒会長のジーナが立ち上がった。彼女は背筋をピンと伸ばし、青緑色の鋭い瞳で全員を見渡す。制服の上に羽織ったコバルトブルーのマントが、彼女の動きに合わせて優雅に揺れる。その佇まいには、年齢を超えた威厳が漂っていた。
「今日は重要な話がある」
ジーナの静かな声が室内に響き、全員の注目を集めた。エマは真剣な表情で背筋を伸ばし、銀色の髪が肩で揺れている。ミルは小さな体で椅子に座りながらも、栗色の髪をかき上げ、鋭い観察眼でジーナを見つめていた。ルーシーは静かに膝の上で手を組み、その紺碧の瞳には緊張の色が浮かんでいる。
「テオリア女王陛下から直々に、我々生徒会に下命があった」
ジーナの言葉に、部屋の空気が一段と引き締まった。窓の外を見ると、夕焼け空を背景に鳥の群れが飛び去っていく。
「隣国マキャベリアがローレンティアの割譲を我が国に求めてきている」
一瞬の沈黙の後、ミルが尋ねた。彼女の大きな青灰色の瞳が不安と好奇心で揺れていた。
「それって、国境の街、ローレンティアですか?あの良質な鉄鉱石が採れるという…」
「そうだ」
ジーナはうなずき、テーブルの上の地図に指を置いた。彼女のすらりとした長い指先が、問題の地域をピンポイントで示している。
「もし要求を拒めば、武力によってローレンティアの併合を行うと脅してきている」
エマが真っ先に反応した。彼女の銀色の髪が肩で揺れ、透き通るような青い瞳に怒りの光が宿る。制服の襟元のリボンが、彼女の息遣いに合わせて揺れていた。
「それは明らかに間違った行いです!他国の領土を力で奪うなんて、そんなことがまかり通ったら、どの国も安心して暮らせなくなってしまいます!」
ミルも小さな体で立ち上がり、テーブルに両手をついた。栗色の髪が揺れ、その大きな瞳には正義感が宿っている。
「その通りです。できるだけ多くの人が幸せになることを考えれば、武力による征服は決して認められません。多くの人々が苦しむことになります。特に普通の市民が最も大きな被害を受けることになるでしょう」
ジーナはテーブルに置かれた地図に目を落とした。銀灰色の前髪が額にかかり、長いまつげが下を向く。
「女王陛下は、この国家的な危機に際して、我々生徒会に解決策の提案を求めていらっしゃる」
皆、ジーナの意外な言葉に驚いている。彼女は顔を上げ、全員を見渡した。その姿には、若さの中にも確固たる責任感が表れていた。
「我がフィロソフィアは、この危機にどう対処すべきか」
重い空気が流れる中、俺は居場所のなさを感じていた。学院の制服ではなく、衛兵としての革の胸当てと肩当てを身につけ、腰には剣を下げている。何の見識も持たない新参者の自分が、国家の危機に関わる会議に同席していいのだろうか。
「あの、俺はここにいてもいいのかな」
思わず口にした言葉に、ジーナが穏やかな表情で答えた。
「もちろんだ。君は異国の人間だ。異なる視点がぶつかり合うことで真理は現れる。君の意見が必要なんだ」
ジーナの言葉で、不思議と後ろめたさが消えた。とりあえず、ここで話を聞こうと思った。
エマが再び口を開いた。彼女の瞳には決意が宿り、声は力強かった。銀色の長い髪が肩で揺れる。
「私は、外交交渉を提案します。戦争は最も理性的でない選択です。お互いの理性を信じ、きちんとした話し合いを通じて解決策を見出すべきです。『他国の領土は力で奪ってもよい』なんて考えが当たり前になったら、世界はどうなるでしょう?それは誰も望まない混沌です」
ミルは小さなノートを取り出し、何かを計算するように数字を書き込みながら言った。
「利害を計算すれば、戦争による損失は甚大です。しかし、譲歩しすぎても長期的な利益を減らす可能性があります。私は条件付きの交渉を提案します。ローレンティアの一部の使用権を認める代わりに、経済的な補償と平和協定を結ぶのです」
ルーシーは長い黒髪を肩越しにさらりと流しながら、冷静に分析した。彼女の紺碧の瞳は、夕日に照らされて神秘的な輝きを放っていた。
「経験豊富な外交官による正式な交渉を提案します。マキャベリアとの話し合いの場を設け、お互いの言葉の意味を明確にすることから始めるべきだと思います。言葉の食い違いや曖昧さが、しばしば争いの原因になりますから」
三人の意見を聞いた後、ジーナは立ち上がり、窓辺に歩み寄った。夕日に照らされた彼女の横顔は威厳を放っていた。すらりとした高い背丈と完璧な姿勢が、青緑のマントを一層優雅に見せ、その姿は銅像のように凛々しかった。
「私は、力の均衡が必要だと考える。理性だけでは解決できない問題もある。我々は、強い意志と断固たる姿勢を示しながら、同時に対話の道を探るべきだ」
窓から差し込む最後の光が、ジーナの横顔を照らしていた。彼女が振り返り、俺の方を見た。
「テルはどう思う?」
突然の問いかけに、思わず言葉に詰まる。四人の鋭い視線が同時に俺に向けられ、プレッシャーを感じる。いまさら、付け焼き刃の意見で格好をつけても仕方がない。
「俺は何も知らないから偉そうなことは言えない。まずは歴史をもう一度知らなければならないと思うんだ」
ジーナが眉を少し上げ、「続けて」と促した。
「つまり、前の戦争、君たちが『宗教戦争』と呼ぶものがどうやって始まり、どういう経緯をたどり、どういう結末になったのか。その歴史を知らなければ、そこから学ぶことはできないと思う」
少し考えてから、俺は付け加えた。
「俺の国に『温故知新』ということばがある。『昔の物事を学び研究し、そこから新しい知識や見解を得る』という意味だ。歴史に学ぶことで見えてくる解決策もあると思う」
自分でも良いことを言った、と思った。部屋に静寂が流れ、みんなが俺の言葉を考慮しているようだった。
「テルの言うことには一理ある」
ジーナが静かに言った。彼女の表情は少し柔らかくなり、銀灰色の前髪が揺れて、透き通るような額の一部を覗かせた。
「テルの言うとおり、歴史を知ることはとても重要だ。歴史は単なる過去の記録ではなく、人間の理性が成長していく過程でもある」
彼女はテーブルに戻り、両手をつきながら続けた。長い指先がテーブルを軽く叩く音が、静寂の中でリズムを刻んでいた。
「実は我々も宗教戦争についてよく知っているとは言い難い。もちろん知識としては学んでいるが、当時は子どもだったからね」
「では、誰に聞けば?」
エマが首を傾げ、澄んだ青い瞳で尋ねた。
「大ジャンヌだろうね」
ジーナの言葉に、俺とエマは顔を見合わせた。エミールのことを思い出し、胸が痛む。大ジャンヌにとって、それは辛い記憶のはずだ。
「でも、それでは、大ジャンヌに悲しい過去を思い出させてしまうのでは」
俺は懸念を口にした。
ジーナは静かに頭を振った。彼女の表情には、校長への深い敬意が表れていた。
「大ジャンヌは強い人だ。国の危機に際して、私情を挟むような人ではないよ」
窓の外は完全に暗くなり、星が見え始めていた。ジーナはルーシーの方を向いた。
「ルーシー、今の趣旨を正しく大ジャンヌに伝えて、宗教戦争について我々に教えてもらえるよう頼みに行ってくれるかな」
ルーシーは立ち上がり、長いドレスのスカート部分を軽く持ち上げ、頭を下げた。
彼女が部屋を出ていくと、残された四人は再び沈黙に包まれた。窓の外では、月が雲間から顔を出し、学院の庭を青白い光で照らし始めていた。この世界の平和は、これから大きく揺らぐのかもしれない。俺は腰の剣に手を当て、エミールの名を思い出した。
「戦争を避けられるでしょうか...」
エマが小さく呟いた言葉が、静寂の中に響いた。彼女の青い瞳には不安と決意が交錯し、白い指先が制服の裾を無意識に握りしめていた。
誰も即答できないまま、星々がさらに輝きを増していく夜空を見つめた。冷たい月光が、不確かな未来を暗示しているように思えた。