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第14話:侵入者と「雷の剣」

息を切らせて駆けつけた俺が校庭に出てみると、そこでは大柄な男が剣を振りかざし、周囲の生徒たちが怯えて逃げ惑っていた。整った芝生の上、透き通った青空の下での騒動は、なにか非現実的に見える。


男は三十代後半か。筋肉質の体に、乱れた髪と無精ひげ、充血した目。服装は質素だが、かつては上等だったものが手入れされていない様子だ。彼の持つ剣は大きく、刃には使い込まれた跡がある。まさに実戦で使われてきたものという風情だった。


「俺が怖いか! 王立学院だって?笑わせるな!」


男は怒号を上げ、生徒たちを追いかけるようにふらつきながら動いている。彼の声には酔いの回った荒々しさと同時に、どこか悲しみのようなものも混じっていた。パニックになった生徒たちはクモの子を散らすように逃げ惑っている。制服のスカートを翻し、長い髪を風になびかせながら、彼女たちは恐怖に顔を青ざめさせていた。このままでは誰かが怪我をする。俺は一歩前に出て、男に向き合った。


「なんだてめえは」


男は俺を観察するように上から下まで見ると、言葉を吐きつけた。その目は怒りと憎しみで濁っている。彼の顔には古傷が何本も刻まれているのが見える。


「この学院の衛兵です。お引き取りください」


俺は最大限冷静を装って言った。声が震えないよう必死だ。もっとかっこよく言いたかったが、緊張で精一杯だった。周囲の生徒たちが俺と男を取り囲むように立ち止まり、固唾を呑んで見守っている。制服姿の少女たちの心配そうな表情、期待を込めた眼差し、恐怖に震える小さな体。彼女たちの視線を感じ、緊張が増す。


「衛兵だと? 笑わせるな」


男は嘲笑うように言った。その声には苦々しさが混じっていた。彼は酒に酔った足取りで一歩前に踏み出す。その動きには、ふらつきながらも剣の使い手の片鱗が感じられた。


「俺は騎士だ。前の戦争で戦った騎士様だよ」


彼は自分の胸を叩いた。その手の甲には、戦いの傷跡らしき痕が残っている。過去の記憶が、彼の目に影を落としているようだった。


「だがあの女が国王になって、騎士団は解体された。今や無職だ。文句あるか」


彼の声には怒りだけでなく、深い悲しみも込められていた。何かを失った人間特有の空虚さが、その言葉の端々に滲んでいる。前の戦争とは、宗教戦争のことを言っているのだろう。戦争後の社会変革で居場所を失った元兵士。彼の境遇に、少しだけ同情する気持ちが湧いた。


「あなたには同情しますが、それは、この学院で乱暴を働いていい理由にはなりません」


そう言いながら、俺は後ろを振り返った。そこには校長、大ジャンヌが立っていた。あいかわらずカジュアルな服装の彼女だが、その姿勢には、まるで盾のような強さがあった。心強く感じる一方で、彼女を危険にさらしてはいけないという思いも強まる。


「大ジャンヌ、下がっていてください!」


俺は声を上げたが、大ジャンヌは引かなかった。逆に、彼女は凛とした表情で、男に向かって歩み寄ってきた。茶色の髪が風に揺れ、確固たる意志の光がその瞳に宿っている。


「男よ。お前の不満は理解できる。であれば、なぜ王宮に向かわない?ここは神聖な学院だ。なぜ弱い生徒たちを狙う?」


大ジャンヌの声は静かだが力強かった。その立ち姿には校長としての風格があった。彼女の言葉には威厳があり、周囲の空気が変わった気がした。生徒たちも息を潜め、二人の対峙を見守っている。


「真に社会を変えたいなら、権力に対して堂々と自分の意見を述べるべきだろう。それが市民としての責任だ。弱い者に剣を向けるのは、真の勇気ではない」


大ジャンヌは一歩一歩、男に近づきながら語りかけた。


男は無言で大ジャンヌを睨み返した。その目には恐れと怒りが混在している。汗で濡れた額、震える手、顔の引きつり。葛藤が彼の全身に表れていた。


「黙れ!」


突然、男が叫び、大ジャンヌに向かって剣を振り上げた。太陽の光を受けて、剣の刃が一瞬まばゆく輝いた。その動きは予想より速く、俺は咄嗟に大ジャンヌの前に立ちはだかった。腰のエミールの剣を抜き、振り下ろされる剣を受け止めようとする。強い衝撃を覚悟する。


剣と剣が触れ合った、その瞬間だった。


「うわぁぁぁ!」


突然、男の剣が激しく弾かれ、彼自身も後方に吹き飛んだ。青白い光の筋が一瞬、二つの剣の間に走ったような気がした。閃光と共に轟音が響き、周囲の生徒たちから驚きの声が上がる。男は地面に叩きつけられ、痛みに呻いている。彼の体からは薄い煙が立ち上り、髪の毛は逆立っていた。


俺は茫然自失だった。何が起きたのか、理解できない。ただ、左手に奇妙な感覚が残っていた。スマホを充電する時のあの感覚に少し似ている。指先から手首にかけて、電流が走ったような温かさと痺れが残っている。


そして気づいた。MagSafe。「体で発電できるようにします」というサンデラの言葉が頭に浮かぶ。剣が導体となって、俺の体内で発生した電気が男に流れたのだ…240Wの電力が。


俺はゆっくりと男に近づいた。周囲からは驚きの声が上がる。少女たちの瞳は輝き、中には手を胸元で握りしめ、期待に満ちた表情を浮かべる子もいた。この状況を最大限活かすべきだと判断し、俺は剣を構えながら言った。


「我が名はテル。『いかづちの剣』の使い手だ。立ち去るが良い」


なぜか時代劇っぽい言い回しになってしまったが、効果は絶大だった。男は恐怖に目を見開き、よろめきながら立ち上がると、剣を放り出して学院の門へと逃げ出した。彼の後ろ姿が次第に小さくなり、やがて見えなくなった。


周囲からは拍手が沸き起こり、歓声が上がった。制服姿の少女たちが歓声を上げ、中には花を投げる子もいた。


「すごい!」


「雷の剣だって!」


「テル様、かっこいい!」


少女たちの顔には、恐怖から解放された安堵と、新たな英雄を見つけた興奮が入り混じっていた。小さな手を振る姿、跳ね上がる制服のスカート、風になびく色とりどりの髪。その光景は、まるで春の花園のようだった。


俺は呆然と立ち尽くした。これは偶然の産物なのか、それともサンデラはこれを見越して俺の左手にMagSafeを仕込んだのか。エミールの剣を鞘に収めながら、俺は体が小刻みに震えるのを感じた。鼓動は速く、手のひらには汗が滲んでいる。


「テル」


背後から呼ぶ声がした。振り返ると、大ジャンヌが微笑んでいた。彼女の茶色の瞳には安堵と誇りの色が浮かんでいる。


「見事だった。私の目に狂いはなかったようだね」


彼女の言葉には、単なる称賛以上のものが含まれているような気がした。


「ありがとうございます。でも、俺はただ...」


言葉に詰まる。この力は偶然見つけたに過ぎないのに、まるで最初から持っていたかのように振る舞っていることに、少し後ろめたさを感じた。


その時、人だかりの外れに小ジャンヌの姿が見えた。彼女は急いで医務室から出てきたのだろう。少し乱れた制服姿で、遠くから俺を見つめている。その薄茶色の瞳には、他の生徒たちとは違う光が宿っていた。驚きではなく、まるで何かを見抜いたような鋭い観察眼だ。彼女の白い頬には薄紅が差し、長いまつげの下から覗く瞳は、何かを語りかけているようだった。


「雷の剣...」


周囲の歓声、生徒たちの笑顔、そして小ジャンヌの謎めいた視線。俺は剣の柄を握りしめた。太陽の光を浴びて、剣の鞘が金色に輝いている。この世界での自分の立ち位置が、少しずつ定まってきた気がした。

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