第12話:ジーナと「校則の改正」
放課後の生徒会室。廊下の端からでも聞こえてくる白熱した声に、通りかかる生徒たちが不思議そうに振り返っていた。
「校則は校則です! 靴の色を自由にすれば、学院がバラバラになって、どこまで許されるのか分からなくなります!」
「それは極端すぎます! こんな小さなことで生徒が自分らしさを表現するのを止めるべきではありません!」
俺は重いため息をついて、生徒会室のドアをノックした。返事を待たずに開けると、案の定、エマとミルが向かい合って言い争っていた。
エマは銀髪を一本の三つ編みに結び、白いリボンが先端で優雅に揺れている。青い瞳は厳格さを湛え、制服の襟元をきっちりと整えながら言い返していた。長いまつげの下から覗く視線は真剣そのもので、頬が熱を帯びて薄紅色に染まっている。
彼女の前には、小柄ながらも堂々とした姿勢のミルが立っていた。栗色のボブカットが感情の高ぶりとともに揺れ、青灰色の瞳が輝いている。胸元のクローバーのブローチが夕日を受けて鮮やかに光り、小さな手は力強く握られていた。
「何をそんなに言い合ってるんだ?」
俺の問いかけに、二人が同時に振り返った。エマは少し息を整えると、髪を耳にかけ、姿勢を正して答えた。
「ミルが校則の一部を変えようと提案しているのです。具体的には、靴の色を自由にしたいと」
「今の校則では、みんなが黒い靴またはブーツを履くことになっています」
ミルが補足した。彼女は小さな手で制服のスカートの皺を伸ばしながら続けた。
「私はこれを変えて、生徒たちが好きな色の靴を選べるようにしたいと思っています」
俺はテーブルに腰掛けて、二人の議論を聞くことにした。窓から差し込む夕日が、部屋を赤く染めていく。
「エマ、君の意見は?」
エマは真剣な表情で話し始めた。彼女の青い瞳には、揺るぎない信念が宿っていた。銀色の髪が夕日を受けて、まるで火のように輝いている。
「学院では、みんなが守るべき共通のルールが必要です。靴の色をそろえることは、ただの好みの問題ではなく、学院の秩序と調和の問題です」
彼女は一歩前に出て、両手を胸の前で組んだ。制服のスカートがその動きに合わせてふわりと揺れる。
「みんなが同じ色の靴を履くというルールは、学院全体のまとまりを表しています。自分の好きな靴の色を選べるようにすると、学院というシステム自体がバラバラになります」
エマの声が部屋に響く。
「生徒たちは単に『これが好きだから』という気持ちで動くのではなく、『これが正しいから』という義務感で校則を守るべきなのです。制服や靴の色をそろえることで、みんなが平等になり、見た目による差別や上下関係ができるのを防ぎます」
エマは俺の方を向いた。
「さらに、生徒は学院という集団の一員として、自分の欲求を抑え、ルールに従う自制心を育てるべきです。これこそが本当の自由への道なのです」
その言葉が終わるや否や、ミルが一歩前に出た。小柄な体ながらも、彼女の声には力強さがあった。栗色の髪が紅潮した頬をなでる。
「学校はもっと生徒に自由を与えるべきです。靴の色のような小さなことに統一を強いるのは、みんなの幸せを一番に考えるという功利主義の考え方に反します」
ミルの青灰色の瞳は熱を帯び、小さな体から驚くほどの情熱が放たれていた。胸元の緑のブローチが彼女の感情の高まりとともに揺れている。
「生徒たちが自分の好きな靴を選ぶ自由は、明らかに幸せを増やします。他の人を傷つけない限り、一人ひとりの自由は最大限に尊重されるべきです」
ミルは窓際に歩み寄り、夕日に照らされた校庭を見下ろした。彼女の栗色の髪が夕陽を浴びて、赤く輝いている。
「靴の色を自由にしても、他の生徒に悪いことは何も起きません。むしろ、自分を表現する自由を制限することの方が悪いことです」
彼女は再び俺たちの方を向き、さらに熱を込めて続けた。小さな手が感情とともに動き、青灰色の瞳が力強く訴えかけてくる。その声は小さな部屋を満たし、言葉のひとつひとつに重みがあった。
ミルは最後に、小さな手を胸に当てながら言った。
「それに、小さなルールで生徒の自由を制限すると、長い目で見れば言われた通りにしか動けない人間を作ってしまうリスクがあります。社会の進歩は多様性と個性から生まれるのであり、みんな同じにするルールは創造力と自立心を損なうのです」
二人の熱のこもった弁論を聞いていると、どちらも正しいように思えてくる。しかし、議論はさらに白熱していき、互いの主張を譲らない様子だった。エマの銀髪が感情の高まりとともに揺れ、ミルの小さな体が前のめりになって懸命に自分の意見を伝えようとしている。
「喧嘩はやめようよ」
見かねた俺が仲裁に入ろうとすると、二人は同時に振り返った。エマの長いまつげが上がり、ミルの小さな唇が開く。
「喧嘩じゃないわ、議論よ」
二人の声が完璧に重なった。エマの青い瞳とミルの青灰色の瞳が同時に輝き、俺はたじろいだ。
「そのとおりです」
新しい声が部屋に響き渡った。みんなが振り返ると、ドアのところに立っていたのは、初めて見る女生徒だった。
銀灰色のショートカットが特徴的で、流れるような前髪が透き通るような額を飾っている。鋭い青緑色の瞳は、まるで相手の心を見透かすような透明感があった。深青を基調とした制服のジャケットの上に、コバルトブルーのマントを優雅に羽織っている姿は、どこか気品があり、威厳すら感じさせた。背が高く、すらりとした足と姿勢の良さが、その存在感をさらに際立たせていた。
女生徒は部屋の中央に進み出ると、優雅な動きで椅子を引き、すっと座った。スカートの裾がふわりと広がり、長い脚が交差する様子には計算されたような美しさがあった。
「ただ対立しているんじゃなくて、もっと深く理解しようとする過程。それが議論の本質です」
彼女は静かに語り始めた。青いマントが彼女の肩を優雅に包み、銀灰色の髪が窓からの夕日を受けて輝いている。
「二人の主張には違いがありますが、これは単に白か黒かという問題ではありません。むしろ、その両方の考えを生かした、もっと高い次元での解決策を見つけるべき問題です」
女生徒は立ち上がり、エマとミルの間に立った。
「学院は確かに集団としてのまとまりを保つ必要がありますが、それは操り人形のように誰かの指示に従うことを意味せず、自由の中で実現されるべきです。私が提案するのは、基本的な校則の枠組みを守りつつ、その中で自分を表現する余地を認める方法です」
エマとミルは真剣に彼女の言葉に耳を傾けていた。
「例えば、靴の色に関しては、黒、紺、茶色などの限られた選択肢を用意することで、秩序と自由の両方を実現できます。これは妥協案ではなく、より高次の解決策です」
彼女は部屋の中を歩きながら、まるで哲学の授業をするように続けた。
「さらに大切なのは、なぜ特定のルールがあるのかを生徒たちに理解してもらうことです。ただ『こうしなさい』と言われたルールではなく、『これはこういう理由で大切なんだ』と理解できるルールなら、生徒たちはもっと自由に感じられるでしょう」
彼女は窓際に立ち、夕日に照らされたその姿は絵画のように美しかった。
「このように話し合いを重ねて、ただ反対し合うのではなく、より良い解決策を見つけていくことで、理想の考えを実現することができるのです」
エマとミルは互いに顔を見合わせ、何かを理解したように静かにうなずいた。エマの青い瞳とミルの青灰色の瞳に、新たな理解の光が宿っている。部屋には不思議な調和が生まれていた。
「ところで、あなたの名前は?」
俺は思わず尋ねた。女生徒は微笑み、優雅に一礼した。その動きで銀灰色の髪が前に落ち、青いマントが美しい弧を描いた。
「ジョルジーナ・フレデリカ・ヘンデルです。ジーナと呼んでください」
彼女の声は柔らかく、それでいて芯の強さを感じさせた。青緑色の瞳が真っ直ぐに俺を見つめ、薄く開いた唇が微笑んでいる。
「私はこの学院で生徒会長を務めています。テル、あなたについては既に聞いています。校長から特別に採用された衛兵ですね」
ジーナの視線が俺の腰に下げた剣に向けられた。その瞳には好奇心が満ちていた。
「それに、あなたはエマの部屋に滞在していると聞きました。彼女は私の大切な友達です」
エマの頬がわずかに赤くなるのが見えた。ジーナの言葉には友情と優しさが込められていた。
「さて、靴の色の問題については、私の提案はどうでしょうか?」
ジーナの問いかけに、エマとミルは顔を見合わせた。二人の間に流れていた緊張感は完全に消え、代わりに共通の理解が生まれているようだった。エマの銀髪とミルの栗色の髪が、夕日を受けて美しいコントラストを作っている。
「確かに...限られた選択肢の中での自由なら、校則の一貫性を保ちながらも、個人の選択を尊重できますね」
エマが認めた。彼女の青い瞳には新しい理解の光が宿っている。
「そして、なぜ特定の色しか選べないのか、その理由を明確にすることで、生徒たちも納得できるでしょう」
ミルが続けた。小さな手が感情とともに動き、青灰色の瞳に輝きが戻ってきている。
二人の声には新たな気づきが込められていた。彼女たちの議論は、対立から高い次元での合意へと昇華したように見えた。
ジーナは満足げに微笑むと、テーブルに座った。スカートの裾が優雅に広がり、長い脚が交差する。
「議論とは対立を目的とするものではなく、より高い真実へと至る階段なのです。対立する意見は、互いを否定し合うのではなく、より完全な理解へと導く過程の一部です。これが『弁証法』なのです」
ジーナの言葉は、まるで古代の賢者のように響いた。夕日が彼女の銀灰色の髪を赤く染め、青いマントに神秘的な輝きを与えていた。
俺は窓際に立ち、校庭を見下ろした。夕暮れの太陽が建物に長い影を落とし、学院の輪郭をくっきりと浮かび上がらせている。鐘楼の先端が最後の陽光を受けて、金色に輝いていた。
「弁証法か...」
口の中で呟いた言葉が、不思議な余韻を残した。対立する意見から、より高次の理解へと至る過程。それは俺の知っている、「論破」云々という議論とはまるで別のもののようだった。学院の窓に映る夕日が、徐々に輝度を落としていくなか、俺は珍しく考え込んでいた。
弁証法:哲学における思考や論理の進展方法で、ヘーゲル(1770-1831)によって体系化されました。「正」という主張があり、それに対する「反」という対立する考えが生まれ、最終的にその対立を乗り越えた「合」という高次の統一的理解に至るという三段階の発展プロセスを指します。例えば、「伝統を守るべき」という考え(正)と「革新すべき」という考え(反)が対立した後、「伝統の良さを活かしながら革新する」という新たな視点(合)が生まれるような思考の動きです。対立する考えが単に否定されるのではなく、より高い段階へと発展的に統合されていきます。