9.美空からのメッセージ
拓人が家に帰ってきたのは日付が一日進み始める時間になっていた、玄関の中は真っ暗だ。
BBQがお開きになってから美空と30分ほど話して、星と月の明かりだけが照らす道を30分程かけて歩いて帰ってきた。
数年ぶりに歩く道だけど意外と覚えているもんだ、と拓人は関心していた。
美空には車で送っていくと言われたが、歩きながら考えるのも良いと言って断った。夜風を浴びながらゆっくり歩いていたら酔いも良い感じに冷めていた。
「ただいま。」
親は既に寝ている時間だと考え、拓人はゆっくりと玄関を開ける。農家の一日は太陽の動きと同じ感覚だと子供の頃に感じていた。
靴を脱いで廊下を進もうとしたら、奥から人影が近づいてきた。
「あー、酔っぱらいさんが帰ってきましたね。ん?そうでもなさそう。」
「え、未祐ちゃん?どうしてうちに?」
未祐は薄そうなワンピースパジャマ姿だった、暑い夏には涼しげな服装に見える。
「農作業のお手伝い中はこちらにお邪魔しているの。もちろん、勉強や用事を優先する時は家に帰ってますよ。」
「そうなんだ。お手伝いありがとね、今日もお疲れ様でした。こんな時間まで起きてたの?」
「お手洗いで起きただけ。それで物音がしたから来てみたの。お手伝いは農業とお付き合いする公務員になろうと思ってるから、良い体験になってるよ。そんな事より、楽しいBBQだったように見えないですけど?なんか、難しい表情をしている。」
未祐は拓人の表情を見て、不思議そうに見つめる。
「あ…。いやBBQは美味しくて、皆と久しぶりに会えて楽しかったよ。未祐ちゃん、明日も早いんでしょ?おやすみなさい。」
拓人は未祐ちゃんを横切って自室へと向かった。
「あ、おやすみなさい。」
未祐は拓人に訳を聞きたかったが、話したくない内容なのかなと感じたのであきらめる事にした。
自室に戻った拓人は着ていたカーディガンを脱いでベッドに倒れ込んだ。部屋の中は少し蒸し暑く感じた。
「美空…。」
拓人は先ほど美空と話した事を思い出した。
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話はダイニングテーブルですることになった。テーブルには美空が用意した麦茶が入ったコップが置かれている。
拓人と美空は向かい合って座っている。少しの間沈黙が続いていたので、拓人から聞き出すことにした。
「えっと、話したいことって?」
美空は少し戸惑いの表情をしている。拓人はその一言だけ言って、話してくれるまで待つことにした。
「あのさ、ショックを受けないで聞いてね?」
美空は真剣な表情に変わった。
「え?…わかった。」
拓人は言われることを何パターンか頭の中で想像して、驚いたりしない耐性をととのえた。
「私さ、もう長く生きれないかもしれないの…。」
「ん?え…?」
その言葉を想像していなかった拓人はさすがに驚きの表情をした。
「暑くなり始めた頃かな、ちょっと体調を崩したことがあって。その時病院に行ったんだけど、触診された時に胸の下辺りに違和感があるって言われたの。」
「…うん。」
拓人は美空の表情を確認するが、どう見ても長く生きられない表情とは思えなかった。
「それで検査を受けたんだけど、心臓の近くに腫瘍が数か所見つかって…ステージ3って診断された。まさかそんなって思ったよ。」
「…うん。」
腫瘍=がん、ステージ3というと転移も始まっている段階だということを頭の中で拓人は考えた。
「先日病院に行った時にはステージ4がすぐそこまできているって言われた…自分自身としては特に問題なく生活出来ているんだけどね。」
「……。」
「何か方法が無いかって聞いたら、海外で行われている外科手術ならもしかしたら…って言われたんだけど、払えそうな金額じゃなかった…。」
美空が話している表情は少し辛そうになってきていた。
「恐らく1、2年もつかどうかって所みたい。ほんと驚きの連続だったよ、さすがに少しの間は受け入れることが出来なかったかな。」
美空の目が少し涙ぐんでいるのがわかった。
「お母さんとお父さんにも伝えたけど、精一杯頑張ろうって言われた。出せるお金ないのにね…。」
「…募金を募るとかは?」
「こんな田舎者の、何も目立たない人に寄付なんて難しいよ。一応やってはみてるよ。」
拓人は次に何かを言おうと考えるが、声に出せなかった。
「それでさ、私決めたの。動けるうちに精一杯生きてやろうって。」
「…そっか、俺に何が出来るかな。」
「行きたいところも沢山あるし、やってみたい事も沢山ある。こんなリストを作ったりしたの。」
美空は机の上にノートを出した、表紙に「My Life Story」と書いてあった。
「なるほど、頑張ろうな。この話って皆は知っているの?」
美空は首を振る。
「ううん。皆とは近すぎる存在だからまだ言ってない、心配させすぎちゃうからね。拓人はまた東橋に行っちゃうから今回話しておこうって考えてたの。もう二度と会えない可能性だってあるしね…。」
美空の目尻から涙が少し流れ落ちた。
「いや、そんな冗談言うのはやめろよ。」
「うん、冗談。今すぐって話じゃないけど、拓人には東橋の楽しさを教えて欲しいの。近くに行くと決めたから。」
「あ、そういうこと。もちろん、美空にはいっぱい楽しい所紹介してあげるよ。」
「ありがと。まさか自分がこうなるなんて思ってなかったよ。不安だらけだけど、仕事してるからなんとか自分が保ててるかな。」
美空が病院で入院している姿は想像したくないと拓人は思った。
「何か変化があったらすぐに連絡してくれよな。さよならを言えないままの別れなんて悲しすぎるから。」
拓人が言った言葉に美空は涙をさらに流した。
「うん、必ず連絡するね。」
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「はぁ、身近で起きるなんて思いもしなかったな…。」
拓人は先ほど美空に言われた事は本当は嘘だったんじゃないかと信じたかった。
「俺に出来ることか…。」
色々な案を頭の中で思い描きながら、拓人は眠りの中に落ちていった。