5.突然の再会と日常
「ただいまー。」
玄関に入り、拓人は挨拶をするが、中からの返答は無かった。
「今は畑作業にでも行っている時間だな。しかし、なんて不用心な家でしょう。」
玄関には式台、框が用意されている。少ししか段差がないフローリングに慣れてしまった拓人には、古めかしさを感じてしまう。
広さも十分にあって、靴を二十足くらい並べても余裕がありそうだった。
横にある靴棚の上には水槽があり、中にはこぶし位の大きさの亀が2匹入っていた。
「亀なんて育てているのか。田舎にはまだまだいっぱいいそうですな。」
拓人は玄関を上がり、廊下を進む。進んだ先には和室がまずあり、そこには床の間も用意されている。銀行員などの客人を招く時に利用している時期もあったが、今は色々な物が置かれており、生活部屋の一部になっていそうだ。
「あっ、あの掛け軸。まだ掛けているんだ。」
和室の奥にある床の間に掛けられている掛け軸には天女と人々が描かれている。
パッと見ただけでは西洋の絵画に見えるが、天女は和装をしており、東洋の作品だと親から伝えられていた。
「何を意味している絵なのか分からないけど、何故か親父が好きなんだよな。」
和室を抜けて、居間に到着する。居間には大きな丸テーブルとテレビと物置棚が置いてあり、どことなく有名アニメ作品に出てきそうな雰囲気を出していた。
「あ、あれ?拓人兄ちゃんじゃん。」
廊下の奥から声が聞こえてきたので、拓人はその方向に振り向く。そこに立っていたのは成人にも満たない年齢に見える女性だった。
「えっと、未祐ちゃんかな?」
「そうだよ、未祐ですよ。」女性はニコッと笑顔になる。
「未祐ちゃんがどうしてうちに上がっているの?」
「それはこっちのセリフだよ。拓人兄ちゃんは東橋で生活しているんでしょ、どうしてここにいるの?」
未祐と呼ばれた女性が近づいてきた、背丈は拓人と同じくらいだ。Tシャツのジャージ姿、タオルを首に巻いていて、髪が汗で乱れている。
未祐は拓人の従妹で、近所に住んでいる。歳は十くらい離れているので、まだ学生である。
「ちょっと長い夏休みをもらったから帰ってきたんだよ、親には連絡しているし。」
「そうなんだ、おばさん何も言ってなかったから知らなかったよ。じゃあ作業手伝ってよ、今茄子を収穫しているの。」
未祐は拓人の手をぐいっと引っ張ってきた。
「ちょっと待って。夜行列車で帰ってきたばかりだし、少し休みたいんだけど…。」
「何言ってるの、太陽に当たりながら地元の空気を吸うと元気になるよ。さっ!」
「仕方がないなぁ。じゃあすぐ準備してくるから、待っててよ。」
「おっけー!玄関で待ってるね。」
未祐は手を振って、台所の方へ歩いていった。どうやら勝手口から入ってきたようだ。
「やれやれ…。」
拓人はタイミングが悪かったかと思いながら二階へと上って、自分の部屋に行った。
拓人の部屋は出て行った時と全く変わっておらず、趣味の物や学生時代の物が壁や机に置かれている。
拓人は荷物を床に置いて、鞄の中からTシャツとハーフパンツを取り出して、着替えた。
「まあ身体を動かすのは良い事か。」
タオルを持って玄関に行くと、未祐が後ろ姿を鏡で確認しながら待っていた。
「お待たせ。自分の姿を見てどうかしたの?」
「ひどく汚れている所がないか見てたの。大丈夫みたい、さぁいこ!」
未祐は勢いよく玄関を飛び出す。拓人は汚れてもいい靴を履き玄関を出た。
畑までは少し距離があるので、未祐と話しながら向かっていた。
「なるほど、畑を拡張して共同で対応している訳なんだ。」
「そういう事。それにしても、拓人兄ちゃんはすっかり都会人になった感じだね。」
「いやいや、ずっと都会に住んでいる人と比べたら全然だよ。未祐ちゃんは高校三年生だよね?受験とか大丈夫なの?」
最後に会ったのは未祐が小学生の頃だったので、成長するのは本当に早いと拓人は感じていた。
「地元で公務員を目指しているし、良いところに行こうと思ってないから大丈夫だよ。それより、東橋での生活を教えて。彼女さんはいるの?」
「そんな余裕ないよ。いつも遅い時間まで仕事しているし、生活しているだけでいっぱいいっぱいだよ。」
「ふぅん。あっ、じゃあ最近オープンしたお店に行った?ふわっとしたクレープ生地とココアクリームで素敵なデコレートしているスイーツの…。」
など、未祐と拓人は色々と話していると、実家が管理している畑に到着した。茄子を栽培している場所はビニールハウスの中なので、親の姿は見えないが、外の畑で作業している女性の姿が確認できた。
「お母さーん、拓人兄ちゃんが帰ってきたよー!」
未祐が大声で女性に声かけると女性も気付き、こちらの方を向いてお辞儀をした。
「拓人さーん、ひさしぶりー、おかえりなさーい。」
相手も大声で返事をしてきた。
「未紀おばさん、お手伝いして頂いてありがとうございます!」
拓人も精いっぱいの声で答える。
「じゃあ茄子を収穫しに行こっ。」
「まさかおばさんまで手伝ってくれているとは…。」
「お母さん、こっちの方が儲かるって。それで仕事辞めたんだよ。」
未祐と拓人はビニールハウスの中に入る。中は空調で管理されていて、外より少し涼しく感じた。中では男性と女性がせわしなく茄子が育っている枝で作業している。
「おばさん、拓人兄ちゃん帰ってきたよ。」未祐の声で女性が振り向いた。
「ただいま母さん。」
「あら拓人、おかえりなさい。まさか手伝ってくれるなんて、未祐ちゃんのおかげだね。」
「ほんとその通りだよ。半ば強引だったしね。」
「むむっ、嫌なら帰ってもいいんだよ?それだと食べる物も自分で用意して頂く事になるけど…。」
未祐はニヤリとしながら拓人に話しかける。
「ちゃんと手伝います。」
「拓人じゃないか、未祐ちゃんがつれてきたのか?さすが町長候補だな。」
男性の方も気付いて、拓人達に話しかけてきた。
「父さんもただいま、皆が元気で何よりで。」
「えへへ、まかせといてよ。じゃあ、収穫作業やるよ。拓人兄ちゃん、やり方分かる?」
「拓人は手伝いなんて全然していなかったから、知らないわよね。」
「まっ、手伝われても足手まといだったからな。」
「なんかひどい事言われているよ。まあ、その通りですけどね。教えて頂けますか?」
「あはは、そっかそっか。よし、じゃあ私が教えてあげるね。ほら、手袋とハサミだよ。」
未祐はパパっとした動作で拓人に道具を手渡してきた。長い事手伝っているのが分かる。
「準備おっけーです。それじゃあお願いします。」
拓人は未祐に教えられながら収穫の手伝いを開始した。