2.幼馴染と花畑の少女
食事をすませると個室に戻った。窓の外に見える明かりもまばらになってきており、今列車がどこを走っているのかが分からないくらいだった。
ジャケットを脱ぎ、Tシャツに短パンという部屋着に着替える。隣の車両にシャワー室があるので、それを利用した。
そろそろ寝ようと考え、座席を倒してベッド仕様にする。
「あ、そうだ。」
身を乗り出して、小さなテーブルに置いた携帯電話を手に取って、電話をかけ始めた。
プルルルル…、待つこと10秒くらいで送信相手の反応があった。
「もしもし、真木ですが…。」
電話の相手は女性の声だった。
「よっ、久しぶり。」
「どちら様ですか?」
「俺の声を忘れてしまいましたか、まあ仕方ないか。」
「えと…、その声は拓人なの?」
「そう、拓人だ。どうだ美空、元気にしてるか?」
そう、俺の名は裕野拓人。話している相手は真木美空という女性で小さい頃からの幼馴染である。
「ほんと、久しぶりだね。どうしてこの番号が分かったの?」
「ん?上京してから初めて美空から届いた年賀状に番号記載してたの忘れたのか?」
「あっ、そんな事していたね。何年も前の事だし、すっかり忘れてたよ。それで、何の用なの?今少し忙しくて、大事でもあった?」
「あ、時間を取らせてごめん。今、碧森行きの列車に乗っているんだ。」
「え、家族に何かあったの?」
「いやいや、皆は元気にしているよ。ちょっと長い夏休みをもらったから帰ろうと思ったんだ。」
ここで少しの沈黙が流れた。
「帰ってくるんだ、意外だね。」
「おいおい、俺はそんな奴に見られてるのかよ。」
「それはあんな事もあったしね…、それでいつまでいるの?」
「今はとりあえず一週間の予定で考えている。」
「そうなんだ。あっ、駅まで迎えに行こうか?」
「誰にも連絡していなかったから、とても助かる。」
「え、それって帰ってきたら驚かれるんじゃないの…。まあいいけど、何時着になるの?」
「えっとだな…。」
拓人は美空に到着時間を伝えて電話を切った。
「美空、どんな風に変わっているんだろう。」
ベッドに横たわって照明を消して目を瞑った。
「故郷での一週間、楽しめそうだな…。」
線路を走る列車の小刻みな揺れの中で拓人は眠りに落ちていった。
…と……た……と
どこかからかすかに声が聞こえてくる気がする。
…た……くと……たく…
その声は次第に大きくなってきた。
…たくと……くと…
あれ?俺の名前を呼んでいる?
声の主を確認しようと、拓人はゆっくりと目を開けた。
「え、何も見えない?」
周りは緑一色で、草に囲まれているように見えた。よく確認するために立ち上がることにした。
「あれ、何だここ!?」
周囲を見渡すと、辺り一面に白い花が咲き広がっていた。花畑はずっと先まで広がっていて、他には何も見えなかった。
「…拓人…」
「え?」
拓人は声が聞こえた方に振り向いた。すると少し先の花畑の中に女の子が立っているのが見えた。
女の子は白いワンピースを着ていて、手に風車を持っている。風が吹く度に風車がくるくると回っていた。
背丈や顔つきで判断すると、どう考えても小学生くらいだった。拓人は見覚えがあるかよく考えるが検討もつかなかった。
「お嬢ちゃん、何か用があるのかい?」
拓人は女の子に近づいて、目の高さを合わせる為にしゃがみ込み、なるべく優しい声で話しかけた。
「…けて…」
女の子は少し俯きながら声を出している。
「え?声が小さくて何を言っているか分からないよ。」
「助けて、拓人。」
「助けて?」
唐突にそう言われたので拓人は少し驚く。
「話が見えてこないんだけど、詳しく話してもらえないかな?」
少女の瞳には涙が浮かんでいるのが見えた。
「……。」
「あのさ、何があったんだい?(おいおい、これじゃあ俺が泣かしているみたいじゃないか)」
「思い出の…場所で…」
そう言うと少女はゆっくりと消えていった。
「え、消えた?いったい何なんだ、思い出の場所?」
拓人は思い出の場所を色々と考える。高校時代までの思い出の場所は沢山あるが、少女に関する場所が思いつかなかった。
目を閉じながら考えているうちに意識が飛んでいった。
「んん…。」
拓人は目を覚ました、外は明るくなっている。
「さっきのは夢か。なんだかよく分からない夢だったな。」
夢にしては後味が悪いが、拓人は気にしないでおこうと思った。
カーテンを開けると、太陽の光が眩しく射し込んできた。列車は日本海側を走っているのが判断できた。
「もうすぐだな…。」
身支度をして荷物をある程度まとめ、朝ご飯を食べようと食堂車へ向かった。