8. 女騎士と秘所の毛
みなさんに最も馴染みのある動物はいったい何かしら。
毎朝、聖堂の朝鐘よりも早く鳴いて私達を起こしてくれる、あの親切で迷惑なニワトリやウズラでしょうか。
私達のお腹をいっぱいに満たしてくれる、葡萄酒のよき友、豚でしょうか。
畑で犂をひいてくれる牛や馬でしょうか。
人によって馴染みのある動物は異なりますね。
意外なことに、王様にとっては最も馴染みのある動物は、リスなんです。
そうです。
私達が胡桃油を作ろうとしているとどこからともなく現れては胡桃を盗み、木の枝に上って隠れてしまう、あの悪戯大好きなリスです。
王様が着ている赤く染められた上等な上着は、リスの毛を編んで染めたものです。上着には、実に200匹のリスが使われています。脚衣やマントの裏地も含めれば、実に1000匹になるそうです。
王様にとって最も馴染みのある動物はリスと言ってもよいでしょう。広い山々からリスを捕まえる労力を想像すると、途方に暮れてしまいます。リスの毛を使った衣服が高価な理由がよく分かります。
何処にでも飼われていて、時には街の中を我が物顔で歩いている羊の毛を使った衣服が、リスの衣服よりも安いのは納得のことです。
さて、古着屋というのはよく生地屋の隣に並び、建物の中が繋がっていて同じ人間が商いをしているものですが、ある街の古着屋もやはり生地の売り買いをしていました。
「羊の毛を編んだ上着なのだが、買い取りはいかほど?」
「ううむ。これは随分と古いから銅貨で10枚ですな」
「ご主人、では、こちらのリスの毛の生地はいかほどでしょう」
「おお。これはよい品です。銀貨5枚で買い取りましょう」
露台の周りは買い取り客で賑わっています。
我等の女騎士はその様子を見つめています。
「なるほど。リスの毛で編んだものは高く売れるのか。だが、困った」
清廉潔白な正義の女騎士は旅ゆく先々で人助けをしても、謝礼を受けとらないため、路銀が尽きつつあるのです。
女騎士は軽敏さ信条としており、皮鎧は急所である胸と股間を僅かに覆うばかり。下に目の粗い鎖帷子を纏い、肌を護っています。
さて、女騎士の皮鎧は作りのしっかりした物で、牛の皮をなめしたものを重ね、外側をベヒーモスの皮革で覆い、縁を金属で補強しています。そして、内側は衝撃を和らげるために、リスの毛皮で覆われています。
放浪騎士ではありますが彼女は、さる貴族の令嬢。彼女が纏うのは、父親の城に工房を持つ甲冑職人が存分に腕を振るった逸品です。
「そうだ。私の甲冑の内側はリスの毛皮で覆われている。下に鎖帷子と肌着があるのだから、この毛皮はなくてもよいかしら」
女騎士は甲冑の裏地を売ろうと思い立ち、古着屋の主に声をかけます。
「ご主人、こちらの甲冑の下にある毛皮は、いかほどになるでしょう」
さて、我等の女騎士は、正義を尊び、剣技に優れた立派な騎士ではありますが、口上手ではありません。説明すべきことを口にできなかったため、誤解を与えてしまいます。
古着屋は品定めの視線を、女騎士の股間へと落として照れたように笑います。
「お若い女騎士様。生憎とそちらの毛は取り扱っておりませんので」
まさか、甲冑の裏地をリスの毛皮で覆っているなどと思わないのですから、古着屋は女騎士が売ろうとする毛皮を勘違いしてしまったのです。成る程、それは確かに黄金の希少な毛皮かもしれません。
洞察力に優れた女騎士です。直ぐに誤解を与えてしまったことに気付くのですが、時は既に遅く、周囲からの好奇な視線を下半身に集めてしまいます。
「す、すまない。売り物はなかった。何もなかった」
顔はもちろん、鎖帷子の隙間から見える柔らかそうなお腹まで真っ赤になり、女騎士は慌ててその場を立ち去りましたとさ。