7. 女騎士と通り
街に住む者はとにかく、通りに名前をつけるのが大好きで、教会があればそこは『教会通り』になるし、聖人の誰それに由来があれば『聖誰それ通り』になります。
とある街は名付けたがりの傾向が強く、人々はこれを楽しんでおりました。『鴨焼き亭通り』に新しく『豚の丸焼き亭』という酒場ができれば、その通りの名前は『豚の丸焼き亭通り』に変わります。
司教様が足を滑らせれば、その日から『司教様すってんころりん通り』。
誰かが流行病で熱を出せば、『流行病の熱通り』。
ある婦人が夫を亡くせば、『未亡人通り』。
さて、そんな街に我等の女騎士が人を訪ねてやってきました。なんでも尋ね人は『豚の脱走通り』の2番目の家に住むそうです。
区の最初にある家の壁をよく見れば、壁石に通り名が刻まれていたり、木の表札が掲げらたりするものです。女騎士が街に入り、最初の大通りから脇道を見れば、そこには真新しい木の板に『豚の脱走通り』と書かれております。
女騎士が通りに入ると『豚の脱走通り』の2番目は馬蹄職人の工房になっております。はて、女騎士が訪ねるのはつい先日知り合った、香水商の婦人です。
「道を間違えたのかしら」
女騎士は引き返し、1番目の家の壁を見ると、確かに『豚の脱走通り』と書かれています。
「もしかしたら『豚の脱走通り』というのは私の聞き間違いだったのかしら」
女騎士は似たような名前の通りを探しつつ、周囲に視線を配って香水商を探してみました。
すると、どうしたことでしょう。『豚の脱走通り』の隣にも『豚の脱走通り』があるではありませんか。
「はて、これはいったい」
その隣は『教会通り』、その隣はまたしても『豚の脱走通り』。大通りの反対側にある『酒場通り』から魚骨のように伸びる通りは、『豚の脱走通り』ばかりです。
「これはどうしたことか」
「やあ、女騎士様。どうしたのかしら。お困りでしょうか」
さて、親切な女が語るには、なんでも家畜の豚が何十頭も脱走して街中を走り回ったとのこと。そして、それぞれの通りに住む者が一斉に木の板に『豚の脱走通り』と掘って、掲げてしまったのです。
街人が通りに名前をつけて楽しんでいることがよく分かるお話ですね。街に暮らす者は困らなくても、女騎士のような旅人には随分と不親切ですが、仕方ありません。
女騎士は結局道が分からないので、時間をかけてすべての通りを行ったり来たりして、ようやく尋ね人に会うことができました。
それから数日後。
ある小間使いがご主人様の命令で、香水商を訪ねてきました。
「『豚の脱走通り』に入って2番目……。はて、どうしたことだろう。『豚の脱走通り』が何処にもない。それどころか、どの道も同じ名前ではないか」
街の通りはどこもかしこも『女騎士の迷子通り』と名付けられておりました。