6. 女騎士と寝藁
荷車に目一杯の藁を積んだ男が村から街へつづく道を歩いています。
「ああ、大変だ。早く藁を届けなくては、約束の時間に間に合わないぞ」
街の富豪は聖堂の晩鐘がなり始めると、もう、藁を買い取ってくれないのです。富豪は豊かな財産をもつのにも拘わらず、貧しい者達に意地悪をするのが好きという評判です。
農夫はもし間に合わなかったら、越冬のための保存食を買うことができなくなってしまうかもしれません。
「それもこれも、ゴブリンの群を恐れて村を出発するのが遅れてしまったせいだ」
数日前、男はかろうじて逃げおおせたのですが、藁の収穫中に村の近くでゴブリンの群と遭遇して随分と肝を冷やしたものです。
男は慎重に、しかし急いで道を進みます。
「はて。あそこにいる人はどうしたのだろう」
道の先に、脚を引きずるようにして歩く女騎士がいます。後ろ姿は健康的で、はりのある肌が陽差しを弾いて輝いています。後ろ姿からも女騎士の若さはよく分かります。形のいいお尻が瑞々しく弾むのですから。しかし、脚を引きずるため歩みは遅いようです。
男は晩鐘が鳴るまでに街まで行かなければならないのですが、善良な彼が悩むのは一瞬でした。
「もし。女騎士様。よろしければ私の荷車に乗りませんか。人が踏み固めてできた道なのででこぼこして揺れますが、幸い藁がたくさん積んであるので大丈夫でしょう」
「これはかたじけない。歩くのに難儀していたところです。お言葉に甘えさせてください」
よく見れば、女騎士は息も荒く軽く汗ばんでおります。
それもそのはず。おわかりですよね。村の付近に出現するゴブリンの群を、まさに女騎士が正義の心で打ち倒してきたところなのです。
事実を知った男は感謝するしかありません。
「貴方は村の恩人だ。村を代表してお礼を言わせてください。やあ、貴方を荷車に乗せて良かった。私は恩知らずにならずに済みました」
男が街に着いたのは聖堂の晩鐘が鳴り終えたときでした。もう、富豪は藁を買ってくれないでしょう。しかし、男は善良な心に従って女騎士を助けたのですから後悔していません。
男は女騎士と別れると、藁の売却を諦めて踵を返します。宿に泊まるお金などないのだから、陽が沈みきってしまう前に村に帰らなくてはなりません。
男を呼び止める声があります。彼が藁を売ろうとしていた富豪です。実は、晩鐘に間に合わなかったことを理由にして、文句を言ってから安値で買い取ってやろうと待ち構えていたのです。
しかし、彼は藁の上に女騎士が乗っていたのを見ていました。そこで悪巧みをします。
「やあ、君、いつもの倍、払うから藁を売ってくれ」
女騎士が寝わらとして使用していた藁ですからね。若い娘に特有の果実のように芳しい香りが染みているのです。
富豪は、本当は値切るつもりだったのに、いやらしい理由で倍額を出してまでそれを欲したのです。
さて善良で誠実な男はやましいことに使われるとは思いもしないで、藁を売ってしまいます。倍の値段を受けとると、足取り軽く村へと帰っていきました。
そして、晩鐘はお祈りの時間を告げる音でもあり、街の外にいた農夫達に戻ってくるように報せる合図でもあります。
囲門前には大勢の人がいて、一部始終を見ていました。
こうして富豪は、女騎士の寝汗で湿った寝わらを欲しがる変態という烙印を押され、後に破滅するのでした。
さて、一番賢かったのは、宿屋の店主でしょう。囲門前の様子を見ていた彼は、翌朝になると女騎士が旅立った後にひっそりと彼女が使った寝藁は交換せずに、宿泊費をつり上げたのですから。
とある男は富豪と同じくらいの破廉恥ですが、かの富豪よりかは賢かったので、翌日その部屋に泊まりましたとさ。
富豪は一日だけ待って、彼女が泊まった宿屋に行けばよかったのです。急がば回れですね。