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5. 女騎士と道化師

 さる御方の城下町のことです。町の中心にある広場に人だかりができております。その中心に立つ道化師が群衆に大声で言います。


「さあ、力自慢はいないかね。私を押して、この場から一歩でも動かすことができたなら、銅貨を10枚さしあげよう。参加費は銅貨1枚だよ」


「ほう、これは面白い」


 群衆を割って輪の中に歩み出るのは、鍛冶屋の男。力仕事で鍛えた上腕は筋骨隆々です。


「さあ、銅貨10枚は俺のものだ」


 鍛冶屋は、どしんと迫力満点の突進を見せますが、道化師は涼しい顔で受け止めてしまいます。


「やあやあ、これは素晴らしい力だ。叶わん」


 鍛冶屋が引き下がると、今度は農夫が胴巻きを緩めながら歩み出てきます。


「私は毎日のように、言うことを聞かない牛を押しているからね。力には自信があるんだ」


 農夫が挑みますが、結果は変わりません。


「ああ、これは凄い。牡牛よりも重くてピクリとも動かない!」


 もう、おわかりですね。実は道化師はとんでもないインチキをしているのです。石畳の隙間に鉄の棒を突き刺し、それに腰紐を巻き付け、膨らんだ脚衣で鉄の棒を隠しているのです。


「さあ、他に挑戦する者はいないかい。銅貨1枚が10枚になるよ」


 我等の主人公女騎士もこの集まりを見かけるのですが、通り過ぎてしまいます。力に自信がないわけではありません。

 若い娘の健康的な肌の下にはよく鍛えられた筋肉が詰まっており、女騎士の一挙手一投足にあわせて筋が浮かびあがります。外見からは想像できないのですが、女騎士は自分の体重の何倍もあるオークを投げ飛ばせるほど、全身の力にあふれています。

 ですが、彼女は鍛えた力を、人の為のみに使うのです。けして金儲けに使うことはありません。


 女騎士は甲冑の留め金を結わえる革紐が痛んでいるので、修理のために町にやってきたのです。甲冑職人の工房を探し町の中心から離れると、偶然にも路地裏に泣いている子供を見つけます。


「君、どうしたんだい。泣き声はガルーダを呼ぶ合図だ。君みたいな幼い子は、空にさらわれてしまうよ」


「お母さんが病気なの。お医者さんに看てもらいたいのだけど、銅貨が10枚必要なの」


「なるほど。私に任せなさい」


 人の為ならば躊躇う必要はありません。さっと踵を返すと女騎士は町の中心に行き、道化師に挑みます。


「む。これはどうしたことか……!」


「女騎士様、力では私に勝てませんよ」


 道化師はずるをしているので、女騎士が両腕を伸ばして必死に押してもぴくりともしません。


 しかし。道化師は間近に見てしまうのです。

 女騎士が目一杯に力をこめると全身の筋肉が盛り上がり、ああ、上半身を護る甲冑の、胸甲と背甲を結ぶ革紐の留め金が壊れてしまいました。甲冑は前後二つの部品に分かれて、女騎士の足下に落ちてしまいます。

 甲冑の重さに引きずられて、鎖帷子も留め金が外れてしまいました。さらに肌着がはだけてしまい――。


 さて、女騎士の胸の大きさは読者の想像にお任せするとしますが、美しいそれを見てしまった道化師がどうなったかは、想像するまでもありませんね。


 上品な物語を好む読者のために、あまりはっきりと書くのは躊躇われるのですが、そうですね、道化師の軽くふわりとした脚衣の一部に、まるで名のある大将軍がおわすかのような立派な陣幕が張られたのです。


「ああっ。みろ。道化師め、脚衣の中に何か隠しているぞ」


「不正をしていたに違いない」


 さて、陣幕自体は誤解なのですが、鍛冶屋と農夫が道化師を取り押さえると、いんちきの証拠は見つかります。


「我々は銅貨1枚を返してもらうとして、やあ、銅貨10枚は女騎士様のものだ」


 こうして銅貨を10枚手に入れた女騎士は、町の子供と一緒に薬を買い、程なく母親も元気になったとのことです。

 防具の手入れを怠ってはなりませんが、思わぬ失敗が幸運を呼ぶという例ですね。


 そして、ずるをしてはいけません。道化師のように、晒さなくても良い恥まで晒すことになってしまいますから。 

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