4. 女騎士と乳尻論争
秋も深まると月が空から冷たい腕を地上に伸ばしますが、日中の陽差しでよく温められた大地は、それをはねのけるだけの元気をまだ残しています。
しかし、もっと元気なのは、村に住む二人の兄弟です。ただ、どうやら二人は元気の使いどころを間違えているようです。
「弟よ、よく聞け。女は乳だ。乳が大きければ、子を大きく育てることができる。だから、いい女というのは胸が豊満な女のことだ。胸の大きな娘を嫁にして、父や母を早く安心させてやろう」
「兄者。子を育てることは大事だが、先ずは産んでもらわねばならない。立派な赤子を産むには、大きな尻が必要だ。つまり、いい女というのは綿でも詰めたように尻が膨らんだ女のことだ」
「分からずの弟め!」
「兄者こそ!」
兄弟の主張は結局のところ、おっぱいが好きかお尻が好きか、ただそれだけの違いなのです。お互いに性癖が違うのですから、村の中からそれぞれ好みの娘を探して求愛すればよいのですが、毎日、繰り返して言い争うのです。
その様子を彼等の妹は、溜め息を吐きながらいつも見ています。
働き手の兄達が諍いをしていては、麦の収穫にも支障がでてしまうかもしれません。
妹は生活を豊かにするためにも自分が頑張らなければと、薄い胸元に手を当てて誓うのでした。
ある日、妹が森で薬草を摘んでいると運悪くゴブリンと遭遇してしまいました。籠を捨てて悲鳴をあげながら逃げる娘。あわや追いつかれてしまうというところで、颯爽と現れるのが我等の主人公、女騎士。
「お嬢さん、こちらへ!」
女騎士は村娘を己のマントの中に匿い抱きしめると、右腕で長剣をさっと一振り。瞬く間にゴブリンを倒します。
「怪我はないかい、お嬢さん」
「ああ、ありがとうございます。心臓が破裂しそうなほどに高鳴っていますが、怪我はありません」
「醜悪なゴブリンの接近に気付かないとは、いったい、どうしたのでしょうか。たまたま私が通りかかったから良いものの。貴方は心ここにあらずといった様子でした。何やら考え事でもしていたのかしら」
「ああ、女騎士様。よろしければ、私の身の上話を聞いて頂けないでしょうか」
村娘は女騎士の胸に抱かれたまま、荒い息が休まる間もなく兄弟のことを話します。
「私には二人の兄がおります。彼等は毎日、女は胸だ、いいや尻だと言い争うばかり」
「なるほど。私に任せなさい」
こうして女騎士は、護衛を兼ねて娘を村まで送り届けると、そのまま、兄弟に道理を説きます。
「胸か尻ではなく、もっと見るべきところがあるでしょう」
女騎士は一通り説教すると、最後にこう締めて村を後にしました。
夜、ライ麦のパンと山芋のポタージュを食べ終えると、兄が気まずそうに頭を下げます。
「弟よ、今までのこと許しておくれ」
「こちらこそすまない、兄者よ。私も思い違いをしていた」
ついに、二人の若者は自らの誤りに気づいたのです。
「女は乳ではない。見たか、去りゆく女騎士様のあの形の良い尻を。弟よ、お前が女は尻というのも納得だ」
「何を言うか兄者。正しかったのは兄者だ。我等に説教するときに微かに揺れる女騎士様の鎧を見たか。体にふわりと巻いた村娘の胴衣と異なり、女騎士様の甲冑は体の輪郭をはっきりと現していて、その形の良さといったら。ああ、何度もあの皮の鎧を剥ぎ取ってしまいたいと思ったことか……! 乳は素晴らしい」
「何を言うか弟、この分からずや! 女は尻だ!」
「兄上こそ何を言う! 女は乳だ!」
ああ、哀れ、兄弟はお互いに性癖を交換しあっただけで、何も解決していません。
妹である村娘はさぞ落胆することでしょうが、何やら様子が変。
「ああ、女騎士様……」
頬を陶然と染めながら、娘は昼間に抱かれた女騎士の温もりを思い出すのです。
「野蛮な兄様達と違って、気高く美しい御方……。素敵……」
あろうことか、危ういところを救われた妹は、女騎士に恋をしてしまったのです。
両親は嘆きます。
ああ、いったいいつになったら私の子供達はよき相手を見つけてくれるのだろうか。