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3. 女騎士と落とし物

 ある日の午前中、街の中央にある市庁舎に粉挽きの男がやってきて、警吏に訴えます。


「お役人様。外堀のあたりで銀貨が入った革袋を落としてしまい、困っております」


「ふうむ。届があればお主に伝えよう。決りでは、拾った者に1割を礼として渡すことになるがよろしいか?」


「はい。当然でございます」


「うむ。では、お主の連絡先となる居所を教えて頂こうか」


「はい。**教区の、『青い鳥亭』通りの二番地で」


 こうして決りに則って紛失届が出されました。


 それからしばらくすると、市庁舎に子供がやってきます。

 粉袋に穴を空けただけの粗末な服を纏った、みすぼらしい子供です。

 はて、どういうわけか若く綺麗な女騎士が同行しています。


 子供は怖ず怖ずと、皮袋を警吏に差しだします。


「お役人様。銀貨の入った袋を拾いました」


「むむ。もしや、件の男の遺失物だろうか。それは一体、何処で拾ったのかな?」


「外堀の風車小屋近くの茂みで拾いました」


「ほう。あの男の物に違いあるまい。ところで、この銀貨を拾ったことを誰にも言わずに、自分のものにしようとは思わなかったのかな?」


「はい。最初はこれが自分のものになったらパンをいっぱい食べれると思ったのですが、偶然その場に居合わせた女騎士様に『落とした者が困っている』と諭されたのです」


「それは道理。道に外れずに済んだこと、女騎士様によく感謝するように。さて、さっそく、落とし主に連絡をしよう」


 警吏が使いを出すと、あっという間に男がやってきます。


「この革袋がお前の物か、確かめてみなさい」


「ああ、間違いありません。私が落とした革袋です」


 さて、この男、安堵し感謝するのもつかの間、いざ謝礼を渡すとなると、急に勿体なく思い始めました。


「やや、お役人様。銀貨は110枚入っていたはずですが、100枚しかありません。この子供は役所に届け出る前に、謝礼を受けとったようです」


「むむ。それは本当か」


「いいえ、私は銀貨を1枚も取っておりません」


 子供の証言するところは確かです。何故なら、我等の女騎士が一緒にいて、その様子を見ていたのですから。しかし、女騎士は思うところがあり、それを口にしません。


「お役人様、この子供は嘘をついております。見れば随分とみすぼらしい格好。欲に目がくらむのも無理はありません。私の銀貨を盗んだのでしょう」


 子供に感謝すべきはずの男はあろうことか、盗人の罪を着せようというのです。こうなれば、女騎士は黙っていられません。


「お役人様、この場は私に任せて頂いてもよろしいかしら」


 女騎士は首から提げていた象牙の印章を胸元からこっそりととりだして警吏に見せます。そう。彼女がとある貴族に連なる者であるという証です。

 もちろん、警吏でも知っているほどの大貴族ですから、この場を任せることに異論はありません。


 女騎士は男に向かって言います。


「貴方が落とした皮袋には確かに銀貨が110枚入っていたのですね。神に誓えますか?」


「はい。もちろんです。神に誓って、私の皮袋には110枚の銀貨が入っておりました」


「では子供よ。君は銀貨を1枚も盗っていないことを神に誓いますか」


「う、うん。神様に誓うよ」


「分かりました。二人とも間違いなく真実を述べているとなれば、つまりはこういうことです。貴方が落とした銀貨110枚の入った皮袋はまだ見つかっていません。子供が拾った皮袋は別のものです。貴方は、善良なる者が銀貨110枚の入った皮袋を届けてくれるまで、今しばらくお待ちください」


「あっ」


 粉挽きの男はようやく自分の失敗に気付きますが、神に誓ってしまった以上もう手遅れです。いまさら本当は皮袋に入っていた銀貨が100枚だとは言えません。神に誓ったことが嘘だとばれれば死罪もありうるからです。


「この銀貨100枚の入った皮袋は、本当の落とし主が現われるまでお役人様がお預かりください。そして、落とし主が現われなければ、決りに則ってこの子供の物とするようにお願い致します」


「うむ、心得た」


 もちろん、本当の落とし主が現われることはなく、やがて銀貨100枚は子供のものになりました。もう、みすぼらしい服を着なくても済みますね。


 人間は、感謝の心と、欲をかけば失敗するという教訓を忘れてはなりません。

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