2. 女騎士とロバ
天地を創造なさった神様がつい草木の種を撒き忘れてしまったのか、見える範囲は何処までも荒れ地が続いており、さらさらとした砂と拳ほどの石ばかり。
そこに一本の街道が敷かれ、旅人がありました。老爺と、ロバに乗った老婆です。
その後ろから一人の若い男が追いついて言います。
「腰の曲がった老爺を歩かせ、自分だけはロバに乗るとはけしからん」
男はそう呟き、老夫婦を追い越していきました。
老婆はロバから降り、代わりに老爺がロバに乗ります。
すると後ろからまた、別の男が追いついてきて言います。
「腰の曲がった老婆を歩かせ、自分だけはロバに乗るとはけしからん」
ならばと、老爺と老婆の二人がロバに乗ります。
するとやはり男が背後からやってきて言います。
「二人も乗るなんて、ロバが可哀相だ」
仕方なく老夫婦はロバから降り、ロバとともに歩きます。
このお話が伝えたいのは、考えは人それぞれだから、みなが納得する答えはないという教訓でしょうか。
老夫婦がしばらく行くと目的地の街が見えたところで、今度は後ろから金髪の美しく若い女騎士が夕日を背にして、やってきます。軽敏さを長所とする女騎士の革の鎧は胸と股間を覆うのみ。
「ご両人。折角のロバに乗らず、どうして歩いているのでしょう。街までもうすぐですが、もうすぐ陽が暮れます。急がなければ門を閉められてしまいますよ」
「実は、これこれ、こういうわけで――」
「なるほど。では、私に任せなさい」
気高い正義の心を胸に抱く女騎士は、閃くことがあったのです。
さて、街に入った女騎士は老夫婦とともに宿をとると、その一階にある酒場『青い鳥亭』へと向かいます。
女騎士の思ったとおり、そこには別々のテーブルではありますが、旅人風の男が4人います。同じ街道を通る旅人ならば、同じ宿に泊まり、同じ酒場で食事をとるのも当然ですね。
もちろん、旅人の4人だけでなく、酒場にいた男達は全員が女騎士の美しい姿に見とれてしまいます。誰もが声をかけようと思いますが、老夫婦とともに席に着くので、近寄る隙がありません。
年老いた老親なら酔ってしまえば眠りにつくのも早いだろうと、男達はこっそりと店主に言うのです。
「金は俺が出す。あそこのテーブルの葡萄酒は水で薄めた安物ではなく、濃い上物を与えてくれ」
どうやら酒場の男達は、老夫婦を酔い潰したあとに、女騎士に何かよからなくことをしようと企んでいるようです。
こうして、女騎士や老夫婦は支払ったお金以上の葡萄酒を飲むことができたのです。樽に詰められた大量生産品ではなく、瓶に入った高級品です。それは、葡萄酒を作るためだけに育てられた特別な品種から作られた極上の逸品で、街の富裕層でもなかなか飲むことのできない舶来品でした。
老夫婦は得をした気分でめでたし、めでたし、というわけではありません。
ここからが、女騎士の閃くところです。
女騎士は剣を誇りにしていますが、己の美貌が男達の視線を集めることもよく知っているから、ことさら周囲に聞こえるように老爺に言います。
「ご主人様。なぜ今日は私に乗ってくれなかったのでしょうか」
事前に言い含めてある老爺は、こう応えます。
「お前のような雌のロバは気性は大人しくて従順だが、私達夫婦を二人乗せて運ぶ体力がないからね。この街で売ってしまい、代わりに牡のロバを買うよ」
「そんな、ご主人様。私は夜になればこうして人の姿をして、ご主人様に尽くすことができるというのに、お売りになるのですか。明日も働きますから、どうか、ご慈悲をください。ご婦人のお許しを頂けるのでしたら、夜のお勤めも果たしてみせましょう」
「ううむ」
さて、老爺は唸ったっきり、一切、口を閉ざしてしまいます。
あとはもう、言う必要ありませんね。
翌日になると、街中の男達が大金を手にして老爺の元へやってきて、ロバを売ってくれというのです。
こうして老夫婦はロバを売ると、新しく別のロバを二頭買い故郷の村へと帰っていきましたとさ。