1. 女騎士と銀貨
昔、あるところに旅の女騎士がおりました。
旅の、というのは家は彼女の兄が継いでいるので、彼女自身は所領のない放浪騎士だったからです。
各地を旅し、困っている人を助ける清廉潔白な女騎士は、ある村で麻の縄を手にしたみすぼらしい男を見かけます。男の足は鬱蒼としたブナの森へと向かっており、その肩は死に神でも背負ったかのように力なく曲がっています。なにやら、ただ事ではありません。
はて、首でも吊るのだろうか。
「そこの御仁、どうなされた。思いとどまりなさい!」
凜とした気高い声が男の背を打ち、それから森の中を反響します。
彼女の父が治める領地では勇名轟きつつある女騎士ですが、今立ち寄った寒村では、彼女の名も姿も人の知るところではありません。
そのため、男は当然のこと女騎士を訝しみますが、その美しい姿を認めると、名のある騎士ではと思います。
軽敏さを存分に発揮するための皮鎧は急所である胸と股間を僅かに覆うのみで、下に纏う鎖帷子は目が粗く、その下からは若く引き締まった健康的な肉体が覗きます。
村娘と変わらぬ柔い肉付きではありますが、女の身じろぎにあわせて筋が盛り上がるため、中に引き締まった筋肉が隠れていることがよく分かります。
小麦色をした肌は、各地を旅して街道の敷石が反射する陽差しで日焼けをしたものでしょう。
男はすっかり女騎士を信頼し、すべてを話します。
曰く、街へ豚を売りに行ったところ、言葉巧みに騙されて相場の半額で売ってしまったというのです。
「なるほど。私に任せなさい。その豚を取り返してみせましょう」
女騎士は男から買い取り金の中から銀貨を1枚のみ受けとると、金髪の下にある青い瞳に正義の輝きを灯し、街へ向かいました。
早速、『山猪亭』の二つ隣にある、肉屋へと向かいます。
すると、なるほど確かに男が売ったであろう耳の黒い豚が、店横の柵内に捕らわれています。
「ご主人、この豚を買い取りたい」
「へい。ですが、これはなかなかの上物で、値が張りますが宜しいので?」
あろうことか店主は、詐欺まがいで入手した豚を使い、さらに善良な女騎士からお金をせしめようというのです。
女騎士は「うむ。これは遠慮する必要ないな」と言葉にはせず、内心で思います。
「これだけ支払おう」
村の男から受けとった銀貨の内1枚と、中身の詰まった革袋を露台に起きます。
革袋からは大金が入っているかのように、金属のぶつかりあう重そうな音がなります。
「相場の倍はあるに違いない!」
店主は心の中で喜びの声をあげ、無知な女騎士の気が変わらないうちに、買い取ってしまいます。
こうして女騎士は、たった1枚の銀貨で村男の豚を買い戻すことに成功したのでした。
無知な客を見送った後、店主はしめしめと笑いを堪えきれない様子で、革袋の中身を改めます。
「あっ、これは!」
中から出てきたのは鎖帷子の、鎖です。細かい傷が幾つもついており、輪は広がっています。女騎士が身に纏って戦い、その美しい体を護ることと引き換えに、役目を全うして破損したのでしょう。
このお話から分かることは、人を騙そうとしたり、欲をかいたりすると損をするという教訓ですね。
何事も誠実に生きるのが肝心です。
さて、損をしたはずの店主ですが、
「さあさあ、これこそ、女騎士が纏っていた鎖帷子だよ。まだ戦いの熱と、芳しい汗の匂いが残る逸品だよ!」
まことずる賢く、一財産を築いたそうです。