7 心に差し込む一筋の光
よく見ると、空気の入れ替えでもしたのか僅かばかりに窓が開いていた。
急いで窓側に寄り、聞き耳を立てる。
「そんな……玖人が、目覚めない可能性があるだなんて……」
……!?
いやいや、そりゃそうだ。
俺の意識、というか魂は今こっちにあるんだから、逆に今の状態で目覚めたらビックリするわ。
「……まだ、あくまで可能性の段階です。ですが、玖人くんは外傷性脳損傷を負っている可能性があり、このまま玖人くんの意識が戻らなければ……いわゆる植物状態であると言えます」
「植物状態……!」と言う、母さんの小さな悲鳴が聞こえる。
……そうか。
意識のない寝たきりって、そうなるのか。
「……目覚める可能性は、どれくらいあるのですか……?」
震える母さんの声に胸がつまる。
俺が力天使とやらになって、奇跡を起こさないと目覚めないんだけど……それまで、母さんたちには辛い思いをさせてしまうのか……。
力天使になるのに、一体どれくらいかかるのだろう……?
「……目覚める可能性はあります。玖人くんと同様に、車両事故の後、二十七年たってから目覚めた事例もあります。ただ……多くの人は植物状態と診断されてから、およそ半年以内にそのまま亡くなられ、五年後の生存確率は五パーセントと言われています。そして、時間の経過と共に、回復する可能性は低くなります」
医者の言葉に母さんは手で口元を覆った。
震える肩を茉莉亜が支え、優しくさすってくれている。
「水分や栄養を補給し続ければ、生命を維持することはもちろん可能です。ご家族の意思を我々も尊重します。まずは体の治療を行い、半年、そして五年を節目として、治療について考えていければと思います」
五年……。
これは、力天使を目指すには、おそらく短い時間なのだろうと頭の隅で思った。
同時に、俺の回復を待つ母さんたちにとっては、途方もなく長い時間なのだろうとも。
病室から再び視線を外し、俺の後ろで静かに様子を見守ってくれていた二人に問いかける。
「……力天使には、どれくらいでなれるものなんですか? 五年で……可能でしょうか?」
アズラエルの言うとおりだった。
俺が力天使になれるかどうかも確かにそうだが、一番の問題は、俺の体と母さんたちの心にタイムリミットがあることだった。
「……私たちには寿命がなく、人間のような時間感覚もありません。昇格にかかる時間には定めがなく、あなたの心持ち次第でもあります。五年は私たちにとって、まばたきほどの短い時間ではありますが、決して不可能ではない、とは言えるでしょう」
たとえ慰めの言葉としても、その言葉に縋るしか俺には選択肢がなかった。
事の深刻さに顔を伏せ、拳を握り締める。
これまで起こった色々なことが一気に頭に溢れてくる。
……なんか、疲れてきたな……。
仄暗い何かに呑まれそうになっていたその時、ずっと母さんを支えてくれていた茉莉亜の声が聞こえた。
「……私、医師を目指します」
ハッと意識が戻る。
それは、とてもか細いながらも力強い声だった。
「私も一緒に、玖人の回復を願います。医師になれるのはずっと先だけど……それまで決して希望を失わずに、目覚めを信じて努力し続けます。だから……私と一緒に頑張りましょう」
窓にへばり付き、瞬きすら忘れて見つめ続けていた光景が徐々に滲む。
「……奇跡は願いの具現化です。善行を積んだ人間にのみ、その奇跡は訪れる。そして、人間に善行を積むように導くことが、守護天使の仕事です」
母さんに向き合って手を握り、静かに自分の決意を伝える茉莉亜の姿。
後ろから天啓のように降りてくるガブリエルの言葉。
濁流に呑まれそうだった気持ちに、一筋の光が入る。
……ありがとう。
茉莉亜の言葉に俺も救われていた。
俺も、もう、俺自身を絶対に諦めないよ。
奇跡を信じて力天使を目指すとともに、守護天使として茉莉亜の願いを導きます。