5 最後に残った希望
「……それって、いったい誰のことですか?」
終わった……。
ガブリエルの言葉に、頭の中が真っ白になる。
マジか……一人くらい、そういう人いると思ってたのに。
さよならなのか、俺の体。
思い返せば、ギリシャ神話を読み耽るだけの人生だった……できることなら、ゼウスのように……とまではいかなくても、せめて少しくらい恋愛とかしてみたかった。
「うーん、人間への天界チラ見せプレゼントは、結構よくあるんですよね。だから、どなたのことを言っているのか分からないのですが……」
いや、ありすぎて誰のことか分からなかっただけなんかい!
てか、そのことを当の天使たちは“天界チラ見せプレゼント”とかって呼んでるのか……SNSでのプレゼント企画並みの手軽さだな。
「ただ、彼らは一時的に招かれるだけで、あなたのように天使の器を持つことはありません」
しかも、結局、俺のパターンとはちょっと違うし。
もう俺には何も弾がない。
若干諦めモードが漂うも、引き続き何やら記憶を探る素振りを見せるガブリエルに一縷の望みをつなぎ、悪あがきと思いつつ心の中で「頼む!」と願う。
「あ、もしかして、エノクのことですかね?」
なんか、聞いたことのある名前出てきた!
とはいえ、誰だ? めっちゃ昔の人ってことくらいしか分からない。
「エノク……ああ、メタトロンの人間時代の名か。ウリエルが天界を案内して、父がことに気に入ってメタトロンの名を与えて天使になったんだったか……ただ、奴はたしか天界に人間の肉体のまま来たし、天使となった後は人間には戻ってないからな」
そんな人いたのか! でも、ダメやん。
これもう、万策尽きた感じですやん。
ああ、来世では……って、天使になっちゃったから来世ないのか。マジか。
「……あなたは、元の体に戻りたいのですか?」
持ち弾を使い果たし、今世と来世に思いを馳せて項垂れていると、ガブリエルがそう声をかけてきた。
よく見ると、二人はさも不思議そうな表情で俺の様子を眺めている。
「え? そりゃ戻りたいですよ……まだ、人生これからでしたし、親も悲しませたくないですし」
「……普通なら、天使になったことを泣いて喜ぶやつばかりなんだが、お前、変わってるな」
変わってるて、そうなの?
いやだって、天使になっても何すればいいのかサッパリ分からないんだけど。そもそも天使のこと、良く知らないし。
「まあ、本来、俺たち天使は人間を守護し、寄り添いながら導くのが仕事だ。だから、お前が人間に戻りたいというなら、その気持ちを尊重してやりたいとは思う」
え!? 唐突なアズラエルの好意的発言に、気持ちが急激に立ち直る。
イケボだし、イケメンだしで、いけ好かないなんてちょっと思ったりしたけど、めっちゃ良い奴じゃないですか!
「!……ではッ!!」
「ただ、今の状態では、あなたを元の体に戻すことはできないのです……」
間髪入れないガブリエルからの横やりに、再び顔を上げた希望が叩かれる。
ちょっと、ちょっと! 落胆させたり、希望持たせたり、どっちなんだよ!!
「元の体に戻るには、魂と体に繋がりが必要なのです。魂は紐づいた体にしか、基本的に入ることができません。あなたの魂は、すでに今の天使の体と紐づいていて、元の体との繋がりが断たれているのです」
……そんな……。
それ、めっちゃ重要な情報ですやん……。
前例のあるなしとか、意思を尊重とか、それ以前の問題ですやん……。
「ああ、私の小さな天使よ……どうか、落ち込まないで。私たちにはあなたの望みを叶えることはできませんが、一つだけ、元の体に戻れる可能性があります」
「……え?」
今までさんざん希望を折られて学んだ俺は、もう、ちょっとやそっとのことじゃぬか喜びしない。
ガブリエルの続きの言葉に、はやる気持ちを必死で抑えつつ注意深く耳を澄ませる。
「それは、力天使となり、“奇跡”を起こすことです」