29 ハディの名推理
副会長の、いつになく真剣な眼差しに、茉莉亜は少し思考を巡らせているようだ。
実行委員としてという意味なら、なった理由が会長に会うためだったから邪な考えすぎてため息が出るし、文化委員長に対する態度っていう意味なら、あの後、文化委員長を宥めることになったことも含めて、大変だったと言わざるを得ない。
それか……多分、話の流れ的にこれなんだろうけど、副会長の恋敵としてという意味だったら、正直、いろんな意味でつよつよ過ぎて、副会長、頑張ってください……って感じだった。
しかし、これをどう本人に表現していいものか。
俺と同様に茉莉亜も考えあぐねているようで、言葉に詰まっている。すると、茉莉亜の様子を察した副会長が少し言葉を追加した。
「あ、あのクラスの文化委員の子から、大変だったって聞いたからさ……本人、結構大胆な性格しているって……」
「ああ、そうですね。文化委員長にはちょっと失礼な態度を取っていましたし……会長じゃなくて、露骨にガッカリしていましたね……」
……あ、茉莉亜、攻めたな。
おそらく一番知りたいであろう、恋敵の人物像や様子についてズバッと言った。
副会長の方はというと、ストレートな返しに一瞬慌てた様子を見せる。
「え、そうだったんだ……って、え? ホント!? 火村くんの前で?」
「はい。『会長に会いたかったのに、あなたたちが来たんじゃ意味ない』とまで言われました」
「えええええ!? それ、火村くん、めっちゃ怒ってたんじゃ……」
「はい……静かにキレていました……」
茉莉亜の言葉を聞くやいなや、副会長はサーと顔を青ざめて「ああ……」と頭を抱える。
「噂には聞いていたけど、本当にそんなに堂々とやっているのかあ……空はまあ、かなり鈍感だけど、そこまで明け透けにされていたら流石にいつか気付くよね……」
……いやいや、そっちの心配かい! と思わずツッコミを入れる。
会長が鈍感と言うのは、まあ分かるにしても……問題は、文化委員長や周りにいる生徒たちがそれに巻き込まれて、めっちゃ気を遣っているところですよ!
希狼祭というビックイベントもあることだし、どういう方向であれ、そろそろいい加減落ち着いてほしい。
しかし、俺の願いとは裏腹に、う~ん、う~んと唸る副会長を、茉莉亜は微妙な顔をして見つめていた。
そして、少し周りを確認したかと思えば、そっと口に手を当てて小声で言う。
「あの、踏み込んでしまって申し訳ないんですけど……副会長は、その……何がきっかけだったんですか? 幼馴染という良い関係が出来上がっているのに、そこを敢えて踏み越える理由がいまいち理解できなくて……」
おずおずと言った様子で質問する茉莉亜に、副会長はビクッと肩を揺らし、俯いていた顔を上げた。
その顔は、はたから見てもすぐ分かるくらいに赤く染まり、視線が若干泳いでいる。
「え、その……えっと、まあ、そうだよね。分かるよね……うーん、私たちも幼稚園からだから、もう長い付き合いになるんだけど、最初は普通に友達だったよ? だけど……私はこういう性格だからさ、少し人間関係が上手くいかない時とか、いつもそばにいてくれて……一緒にいる時間が、私にとってとても大切なんだと気付いたんだよね……」
副会長はそう言いながら、さらに顔を赤らめていく。
しかし、照れながらもきちんと自分の中で言葉にしていく様子に、会長への感謝と、真摯な気持ちが表れているようだった。
「それは、とても素敵ですね……でも、何で今まで気持ちを伝えてこなかったんですか? そんなタイミング、いっぱいありそうなのに……」
「うっ、それは……」
今度は、副会長の方がキョロキョロと周囲を確認した。
そして、二人は目と目で合図するかのようにして椅子を動かし、顔を近づけ合って、恋バナに花を咲かせていく。
副会長と茉莉亜が互いに近づいて行った結果、俺とハディはその輪からあぶれてしまった。
二人でぽつんと、女子二人の楽し気な様子を眺める。
……今日は茉莉亜、えらく攻めるなあ。
これまでの茉莉亜からは考えられない行動力に、何だか成長を見ているようで感慨深い。
しかし、しみじみと感じ入っていると、脳内に『クヒト様、クヒト様』と呼ぶ声が響いた。
おいハディ、お前、横にいるだろうが。
そう思って振り向くと、ハディが何やら真剣な面持ちで二人を見つめていた。
「……クヒト様、この女子はもしかして、さきほど出て行った男子のことが好きなのですか!?」
「キミ、恋の神に転向希望なのに、気付くの遅くない?」