3 理から外れた存在
マジだあ……俺、本当に生きてるよ……。
病院の建物の外、とある病室の窓から俺は、部屋の中をこっそり覗いていた。
そこには母さんと茉莉亜と優太、そして、色々な管につながれてベッドに横たわる俺の姿があった。
窓際の机に置かれた花瓶には、少し萎れてしまった花が飾られている。
ちょうど、茉莉亜が新しい花に入れ替えようと窓に近づいてきたため、思わずさっと窓の外に体を隠した。
……よく分からんけど、天使って幽霊みたいなものとちゃうの?
バレないように一生懸命窓に耳を近づけるも、何一つ聞こえてこない状況に少し悪態をつく。
飛んでるし、周囲の人に姿は見えないしで、てっきり俺は扉や窓を通り抜けできるものと思っていた。
だから、三人から少し離れたところで尾行していたせいで、目の前で閉じてしまった病院入り口の自動ドアに、思いっきり衝突するだなんて思いもしなかった……。
顔面からぶつかったことで鼻は痛いし、その後、ドアの前を飛びまくってもセンサー全然反応しないし……。
やっと、向こうから人が来たと思ったら車いすに乗ったおばあちゃんで、俺の方を見て「お迎えが……!」とか言って一緒にいたご家族の方を困惑させるものだから、ドアから入るのを諦めてコソコソと外から病室を探す羽目になったんだよ。
病室を一つ一つ回っていた時も、一人、入院中のおじいちゃんと目が合ったけど大丈夫だっただろうか……? おじいちゃん、目を見開いて硬直していたけど。
てか、普通に俺のこと見える人がこの病院にはいっぱいいて、こっちがビックリしたわ。
何で? ここ病院だし、死に近い人は見える、とか??
まあ、何はともあれ、無事に自分の体がある病室を見つけたわけだけれど、うすうす想像はしてたんだけど……全身に包帯を巻かれ、たくさんの管に繋がれた光景を見るのは中々にヘビーだった。
「俺、本当に事故に遭ったんだなあ……」
室内の声を拾うことを諦めた俺は、窓下にあった足場に座り、壁を背にしながら空を眺めて呟く。
あれはきっと、重症という状態なんだろうな……。
包帯とかで見えない部分があったけれど、あの下は一体どうなっているのか……。
後遺症とか、大丈夫なのかな……。
などなど、考えるだけで頭は俯き、不安で体が小さく震えてくる。
あ、ちょっと泣きそう。感情の乱高下、激しくない?
なんて、自嘲気味にひとりでツッコんでいたら、急に横から声がした。
「あれ? おかしいですねぇ」
驚いて声のした方を振り向くと、先ほど斎場で置き去りにしてきたガブリエルがそこにいた。
俺が体育座りする横で立膝をつき、窓から病室の様子を覗き見している。
「天使になったってことは、元の体は死んだはずなんですけど……あなたの前の体、何でまだ生きているんですか?」
真剣な顔をして俺にそう聞いてくるが、いやいや、こっちが聞きたいわ!
口をパクパクさせながらも、返答らしい返答のない俺からガブリエルはすぐに視線を外し、再び室内の様子をチラリと見る。
「んー、長いことこの仕事をしていますが、これは初めてのケースですねぇ。善良な魂を有する人間が死んだ場合、体から離れた魂はゆりかごに導かれ、天使として生まれ変わるというのが正規のルートのはず……」
一人で考え込むかのように、ガブリエルは顎に手を当ててブツブツと独り言を漏らす。
そして、下を向いていた顔をおもむろに上げ、ポンと手を叩いた。
「うん。父が決めたこの理に例外はありませんし、あってはなりません。ここは私自らお迎えに行きましょうか」
そう言って、ガブリエルがその場に立ち上がった瞬間、体がカッと発光して一気に周囲が光で満たされた。
「お迎えって……わー!! 待って、待って!!」
急な目潰しに顔を背けて目を瞑りつつ、ガブリエルのしようとしていることを察し、慌てて手を伸ばして止めようとする。
しかし、ガブリエルがいるはずの真横の空間には、確かに光はあるものの何もなかった。
えええ!? なんで何も掴めないの??
と、白む世界の中で必死に手探りしていた時、唐突に第三の声がその場に落とされた。
「ガブリエル、待て」