20 会長の甘い提案
「あ、蘭さん。中間考査明けだっていうのに、今日も来たんだね。偉いね」
「会長も、お疲れ様です。何だか落ち着かなくて……」
ある日の放課後。茉莉亜は今日も生徒会室を訪れていた。
生徒会に所属してから早くも二カ月近くが経とうとしているが、茉莉亜は特に予定がない限りはほぼ毎日、生徒会室に顔を出していた。
今日は中間考査期間だったこともあって活動はお休みだが、ここに来たのは静かなところで色々考えたいと思ったからだ。
考えたいことというのは……もちろん、テストの出来についてである。
想像通りというか、いつも通りというか、テストの手ごたえは至って芳しくなかった。
生徒会活動と並行しながら、茉莉亜なりに、今まで以上に勉強もしていた。
時に、美咲にも教えてもらいながら着実に努力と実力を重ねていた……つもりだったが、当然のことながら中々すぐには結果は出ない。
そんなの、分かってはいたんだけど……と、テストの振り返りをしながら落ち込む茉莉亜。その様子を見かねてか、不意に会長が声をかけてきた。
「そういえば、蘭さんは二年生になってから生徒会に入ったわけだけど、何か理由があったの?」
「あ……ええと……実は、推薦を受けたいと思いまして……」
「ああ、そういうことか」
「すみません、邪な理由ですよね……」
自分の進路のために利用しているようで、生徒会に入った理由について茉莉亜は美咲にも未だにちゃんと言えていなかった。後ろめたさに作り笑いをするが、気持ちが落ちていたこともあってか上手くできない。
しかし、思っていた以上に会長の反応は軽いものだった。
「いや? そういう理由で所属している奴なんてごまんといるし、蘭さんは真面目に生徒会の仕事もこなしてくれているから全然問題ないよ。ここでの経験が、内申に有利なのは間違いないと思うしね」
その何気なさそうな返答は、茉莉亜の後ろめたさもすべてを包み込んで、安心感を与えてくれるような包容力に溢れていた。
茉莉亜はホッとして、少しはにかみながら小さく「ありがとうございます」と返す。
「進学先はどこを狙ってるの?」
「あ……一応、医学部を目指していまして……」
「医学部!? それは凄いね!!」
会長が驚くのも仕方ない。
そこそこの進学校とはいえ、この学校では医学部に現役で合格できる者など、年に片手に数えるだけでもいれば十分なくらいだった。地元の国立大学への進学を希望する者が過半数の中、そもそも、医学部を目指している者は非常に少ない。
そういえば、確か会長は東京大学を目指していたはずだ。
だから、今日もここで一人で勉強しているわけで……
少数派で、しかも高みを目指すもの同士。なんだか、互いに少し親近感を感じた気がした。
「……でも、テストの手ごたえが全然なくて、落ち込んでいるんです」
「ああ、それで今日もここに来たのか。静かなところで落ち着きたいって気持ち、分かるよ」
会長は茉莉亜の言葉に、納得がいったというような顔をした。
そして、ほんの少しの間、顎に手を当てて考える素振りを見せる。
「ところで、どの科目が苦手なの?」
「……全部ですね。伊藤さんに教えてもらったりしているんですが、なかなか……」
「それはまた……んー、もし良かったらだけど、数学で良ければ教えようか? 数学は俺、得意なんだよね」
「ええ!? いいんですか??」
会長の言葉に茉莉亜が食いついた。
実は、数ある苦手科目の中でも、数学は特に茉莉亜が苦手とする科目だった。美咲も得意ではないようであまり教えてもらえず、一人で苦戦しながら勉強していたのだ。
「で、でも、大丈夫でしょうか? 会長の勉強時間も割いちゃいますし……」
「そんなの全然かまわないよ。教えるのもまた勉強になるしね。それに、困っている後輩の世話をするのも、生徒会長である俺の仕事だからね」