2 猫に守られた男
斎場には、人だかりができるほどの大勢の人々が集まっていた。ざわつく集団の中に、茉莉亜と優太の姿が消えていく。
入り口で呆然とその様子を見つめながら、こんなにたくさんの人が俺を見送りに来てくれたんだなと思った。
少し救われるようだ。想像よりもだいぶ早く死んでしまったけれども、まあ、悪い人生ではなかったのかな……。
記憶にない人も多いし、皆さん、何だか思ったよりカジュアルな装いだけど……友達と言えるのは、幼馴染の二人以外ほとんどいなかった俺だ。
きっと、遠い親戚や近所の人達が駆けつけてくれたんだろう。突然の訃報に準備がなかっただけだ。最後に見る景色としては十分じゃないか……。
自分にそう言い聞かせて気持ちを何とか立て直し、涙ながらに俺を見送ってくれる人々に一人一人頭を下げて回った。
正直に言うとまだ実感もないし、どうせ見えないだろうけど、これが俺の感謝の気持ちだ。
そう思いながら最後の一人まで別れの挨拶をした俺は、煙突から立ち上る白い煙を、みんなと一緒にしんみりと見送った。
一息ついたような空気が流れた時、人垣の向こうから、毎日家で聞いた声がした。
「茉莉亜ちゃん、優太くん、今日はわざわざ来てくれてありがとうね……」
母さんの姿を見て、また俺の涙腺が緩む。
ああ、先に死ぬだなんて、親不孝なことをしてしまって……本当に……ごめん。
少しやつれたように見えるけれど、思ったよりも元気そうなことだけが救いだった。
すすすっと三人の輪に入ってみる。
「いえ、私もちゃんと最後にお礼が言えて、よかったです」
茉莉亜……こっちこそ、今まで本当にありがとうだよ。
「そうだな、あの時はそれどころじゃなかったから……即死だったみたいだし、苦しまずに逝けたことは、せめてもの救いだったのかもしれないな」
優太……そうだよな。見た方もトラウマ並みの衝撃だったよな……大丈夫。苦しくはなかったよ。それは保証する。
「そうね……」
母さん……そんな顔しないで……
俺ここにいるよ。ちっちゃくなったし、もうみんなの目には見えないけど……元気だよ。
「……あの猫が、玖人を守ってくれたんですよね」
…………はあああああああ!!??
え? 俺、死んだんじゃないの??
まてまてまてまて、頭が追いつかないんですけど!!?
「本当に、あの猫ちゃんには何て感謝すればいいか……」
そう言って煙突から出る煙の方をしんみりと見つめる母の装いは、確かに、故人の母としては随分と軽い。てか、デパート行くときとかによく着ていた、ちょっと良いワンピースだぞ、これ!
慌てて周囲の人々を見回す。
やだ……よく見たら、集まってる皆さん、ペットの写真持って涙ぐんでらっしゃる!
えええ? 俺、本当に知らない人達に感謝の言葉言って回ってたの??
恥ずーーーー!!!!
そう思わず大声で叫んだ俺は、その場に耐えられなくなって、愛するペット達との別れを惜しむ人だかりから少し外れた隅の方に、逃げるようにヨロヨロと向かった。
草葉の陰で小刻みに震えながら、顔に手を当てて小さく丸まる。
何てこった。もう、いっそ本当に消えてしまいたい……なんて、恥ずかしさに悶絶していた時、背中の方からカッと光が溢れたと思えば、こちらに向かって叫ぶ女性の声が聞こえてきた。
「あー! いたいた! こんな所にいた!! もー、探したんですよー!!?」
それは、周りの人々ではない、明らかに俺に向けられたものだった。ハッと背中に意識が集中する。
え? もしかして、この姿になってから初めて会話可能な人?
ちょ、ちょっと待って……俺いま、素っ裸なんだけど……!
ここに来るまでに散々思い知らされた、「俺は周囲の人には見えていない」
だからこそ、ようやく堂々と晒すに至ったというのに、え? 今の俺の姿を見える人がいるの!?
慌てて諸々手足で隠しつつ、声のする方へ顔を向けると、羽の生えた神々しい女性がこちらに向かって飛んできているのが見える。
最悪だ。向こうさん、服着てらっしゃる……
小さなナリをしているとはいえ、俺、完全に不審者では……
躊躇なく距離を詰めてくる女性に、「へへへ、私は怪しいものではなくてですね……」と何とか取り繕おうとするも、女性はこちらの様子を気にもせずに声を重ねてきた。
「日本で天使になる人は珍しいから、ここまで来るのに随分と時間がかかってしまいましたよ! その間にゆりかごから逃げ出しちゃうし……やっと見つけましたよ。おはよう、私の小さな天使!」
素っ裸を隠すように前のめりに丸まっている俺に、ごっつ豪華な服を着ている人が後光を放ちながらにこやかな顔を向けてくる。
いや、ちょ……眩し……そっちは逆光だから良いかもだけどさ……って、ん? 天使??
ハッと自分の背中を見ると、確かに俺の背中には白い羽が生えていた。
後回しにしたの忘れてた! これで飛んでたのか! てか、俺、天使!?
言われてみれば確かに、このフォルムに背中の羽、そして、そっと頭に手を伸ばした時のエグい天パ……絵画とかで見る天使そのものだな!
いやいやいやいや、何でやねーん!!
うち仏教なんですけど??
視界も眩むような輝く女性から目を逸らし、流れるように一人ツッコミをしていると、「じゃあ、このまま玖人のところにお見舞いに行くか」という優太の声が耳に入った。
ハッとそちらを振り向くと、光源の斜め後ろの方で、優太と一緒に移動し始める茉莉亜と母の姿が見える。
「? 終わりましたか? 私は貴方たちの世話をしている、大天使のガブリエルです。生まれたばかりの天使に、祝福を……て、ええ!? ちょ、どこに行くんですかー!?」
ガブリエルとかいう神々しい大天使の話をぶった切って、俺はこれから俺の元に向かうという三人の後を猛ダッシュで追いかけた。
優太、お見舞いって言ってたぞ! え、俺もしかして、本当に生きてるの!?
「ちょ、え!? あの、まだ説明が……支給品もあって……あ、待って!」
そう叫ぶ声が後ろから聞こえるが、待ってなんかいられなかった。
当たり前だろう。てっきり死んだと思ってたのに、生きてるかもしれないんだぞ!
俺、今すごく大事なとこなの!! それどころじゃないの!!